孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない

ミモザの香りに酔いしれて

東京湾と摩天楼の灯りが宝石のようにきらめく、
ホテル「パークタワー東京」
最上階のバー「レ・リュミエール」。
全面ガラス張りのカウンター越しに広がる夜景は、息を呑むほど美しい。

その静寂な輝きの中、一条は無言でドアを押した。

ここは、自分が悩んだとき、誰にも会いたくない夜にたまに訪れていた場所。
そして、どの女も連れてきたことはない場所。
今までも、これからも──そう思っていた。

けれど今、隣にいる彼女は違った。

紬は、バーという空間にまだ不慣れな様子で、背筋をぴんと伸ばして戸惑うように椅子に座ろうとしたが、高さに少し苦戦していた。

「大丈夫ですか」
一条はさりげなく、そっと腕を差し出して支える。
その指先すら押し付けがましくならないように注意を払って。

「すみません……慣れなくて」
そう言って、紬はふわりと微笑んだ。
それは媚びるでもなく、媚態でもない、ただ純粋に相手を信じている人間の、温かな笑顔だった。

こんな笑顔を、他の誰かに見せるなんて想像もしたくない。

その想いをぐっと飲み込み、一条は紳士の顔でバーテンダーに視線を向けた。

「彼女に、“ミモザ”を。甘めで、軽めにお願いします」
「かしこまりました」

フレッシュオレンジジュースとシャンパンのミモザは、華やかな香りとやわらかい味わい。
お酒があまり強くない紬に、最初に贈るにはちょうどいい一杯。

自分には、「ブルックラディ クラシック・ラディ 、ロックで」

「承知いたしました」

手慣れた所作でグラスを受け取り、琥珀色のウイスキーを唇に触れさせた。
静かに喉を通る一滴に、緊張がゆっくりと解けていく。

隣では、ミモザをそっと両手で包み込むように持ち、恐る恐る一口飲んだ紬が、また笑っていた。

……この笑顔を、守りたいと思った。
本当に、そう思った。
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