孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない

静かな夜に、とろけるほどの愛を

11月中旬。空気は澄み、鎌倉の山あいは紅葉で色づいていた。

朱や黄金に染まった木々が、夕暮れの光を受けてひっそりと揺れている。

紬と隼人は、その自然に溶け込むような静かな佇まいの温泉旅館に泊まっていた。

離れの一室は、和とモダンが調和した贅沢な造り。
窓の外には、竹林と紅葉が見える半露天の湯舟があり、湯気が静かに立ちのぼっている。

夜、二人は寄り添うように湯に浸かっていた。
照明は落とされ、柔らかな灯籠の光が水面を揺らす。
湯の温かさに頬が自然とほころぶ。

「静かだね」
紬が小さな声で呟いた。

「うん。時間がゆっくり流れてる感じがする」
隼人もまた、穏やかな声で返す。湯舟の中、そっと紬の手を取った。

湯に浮かんだその手を、優しく包み込むように握られると、紬の心にじんわりと温かさが満ちていく。

それは湯のぬくもりだけじゃない。
そばにいるこの人が与えてくれる安堵だった。

「こういう時間、大事だね」
紬がぽつりとつぶやくと、隼人はうなずきながら、彼女の肩にそっと自分の肩を預けた。

どちらからともなく目を合わせると、自然に微笑み合う。

静かな湯の音。遠くに風に揺れる木の葉の音だけが、静かに耳に届く。

紅葉と湯気に包まれながら、二人は言葉少なに、ただぬくもりと空気を共有していた。
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