孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない

揺れる心の距離

帰宅してすぐ、バッグをソファに放り投げると、紬は何も考えないようにまっすぐバスルームへ向かった。
シャワーを浴びている間だけは、頭の中を空っぽにできる気がした。

熱いお湯が肩を伝って流れていく。
目を閉じれば、何もかもを洗い流せそうだった。
――あの声も、あの視線も、あの期待も。

体を拭き終えた頃には、少しだけ落ち着いた気がしていた。
けれど、キッチンの冷蔵庫を開けても、何も作る気にはなれなかった。
適当に手に取ったカットフルーツのパックを持って、寝室へ。

オレンジをひと切れ口に入れたけど、味なんてしなかった。
そのままベッドに倒れこむように横になる。

天井を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
イラつきのような、悲しいような――
そして、そんな感情を抱いてしまった自分に、また腹が立った。

「……期待なんて、するからだよ。」

ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟く。
誰かの優しさに縋りたくなった自分が、情けなかった。

毛布を引き寄せ、くしゃくしゃに抱きしめた。
明日は何もなかったような顔で出社する。
そう決めながら、紬はまぶたを閉じた。
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