孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない

迷いと優しさの間

待ち合わせ場所は、銀座にある「ラ・ルナ・エテルナ」という、半地下の隠れ家的なイタリアンレストランだった。

白い石壁と柔らかな間接照明が照らす店内は、落ち着いたジャズが流れており、通りに面した喧騒からは完全に切り離された、静かな空間。

テーブルの間隔も広く取られていて、他の客の会話が気にならないように配慮されている。

一条が予約してくれていた席は、奥の小さなソファブースだった。
紬はその静謐な雰囲気に、思わず姿勢を正して座る。

最初は少し緊張していた紬だったが、一条が話す声のトーンや、目線を合わせすぎない距離感、さりげない気配りに、自然と肩の力が抜けていった。

料理が運ばれ、軽くグラスを合わせたタイミングで、紬は一つ気になっていたことを口にした。

「――あの、確認なんですが……」
声を潜めるようにして続ける。

「彼女さんがいるのに、私と二人で食事をして……問題ないんでしょうか?」

一条は、驚いたように眉を上げて、すぐに笑みを浮かべた。

「彼女、いませんよ」

「……え?」
紬の声が少しだけ上ずった。

「その、以前“隼人くん”って呼んでいた女性がいらしたように思って……」

その言葉に、一条は少しだけ目を伏せ、グラスの縁を指でなぞるようにしながら言った。

「……ああ、あの人は……なんというか、彼女“のような”振る舞いをしていただけの人です。恋人関係だったことは、ありません。けれど――今はもう、会っていませんし、お気になさらないでください」

言葉選びに慎重なその様子に、紬はどこか含みを感じた。
過去に何かあったのかもしれない……と一瞬思ったが、深く聞くことはやめた。

「……そうなんですね」
そう言って、紬は話題を変えるように、目の前のパスタにフォークを伸ばした。

食事の時間はゆっくりと、優しく流れていた。
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