紳士な外交官は天然鈍感な偽りの婚約者を愛の策略で囲い込む
プロローグ

日高千鶴は、母にそっくりと言われるまん丸な目を見開いた。

パチパチとまばたきをするたび、綺麗にカールしているまつ毛が存在感を主張してくる。いつもよりも濃いメイクをしているせいなのだが、今はそれどころではない。

「このまま、本当に結婚……?」

驚きすぎて他に言葉が出ず、たった今投げかけられたセリフをそのままオウム返しする。

〝誰と?〟と聞くのは愚問で、当然千鶴に決まっている。わかってはいるものの、口に出してみても現実味がない。

それにはふたつの理由がある。

ひとつ目は、目の前に立つ西澤伊織が現在外務省の本省に勤めるエリート外交官で、ドラマや映画で主演を張っていてもおかしくないような整った容貌をしている点だ。

千鶴よりも優に頭ひとつ分は高い身長に、整った目鼻立ち。誰もが見惚れるであろう完璧なルックスの彼が、至って平凡な自分にプロポーズしているなんて俄には信じがたい。

今夜はフランス大使公邸主催のレセプションに出席するため、ふたりともドレスアップしている。

伊織はダークブラウンの髪をカッチリと固め、光沢のあるパーティースーツを着こなしており、まるでどこかの国の王子様のように凛々しい。

千鶴も伊織から贈られたドレスを着て、プロの手によってヘアメイクを施されているため普段よりは多少華やかな装いだが、ノーブルな雰囲気の彼とはどう頑張っても釣り合いがとれていない。

けれど、伊織は冗談でもからかっている風でもなく、真剣な顔つきでこちらを見つめている。その眼差しは熱っぽく、まるで本当に千鶴を欲しているかのようだ。

(そんなわけないって、わかってるのに)

きっと普通の恋人同士だったなら、極上の男性からのプロポーズに飛び上がって喜んだに違いない。

けれど、千鶴は違う。

喜びよりも、驚きと困惑が圧倒的に勝っている。なぜなら、千鶴には伊織にプロポーズされる理由がない。

これが、ふたつ目にして最大の理由。

自分たちは、想い合う恋人同士ではないのだから――。



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