紳士な外交官は天然鈍感な偽りの婚約者を愛の策略で囲い込む
4.必ず、彼女を手に入れる《伊織Side》

瞳にうっすらと涙を浮かべてこちらを見上げる千鶴の可憐さに、伊織は目眩がする思いだった。

半年間ずっと焦がれていた相手が自分の妻になり、今こうして彼女を組み敷いているのだ。気分も身体も高揚しないはずがない。

けれど、いくら滾る欲望を持て余そうと、初心で慣れていない千鶴に衝動のままぶつけるのは悪手だと踏みとどまるくらいの理性はかろうじて残っている。

(せっかくここまで来たんだ。嫌われたら元も子もない)

彼女がこの結婚に戸惑いを抱いたまま流されているというのを、伊織は十分に理解していた。

千鶴のお人好しで他人を疑わない性格をいいことに、婚約者の振りを頼み、そのまま外堀から埋めて結婚に持ち込んだのだ。

外野から見れば、卑怯とも捉えられるやり方だろう。けれど、形振り構っていられないと友人に話した通り、千鶴が合コンやマッチングアプリなどで他の男に目を向けてしまう前に自分のものにしたかった。

とはいえ、伊織だってまったく脈のない相手にこんな強引な手段を使ったりはしない。

千鶴は伊織に対し、多少なりとも想いを寄せてくれているはずだ。それは決して自惚れではなく、祖母の店で聞いた彼女の発言や、パリで過ごした短いけれど充実した時間からも窺い知れた。

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