紳士な外交官は天然鈍感な偽りの婚約者を愛の策略で囲い込む
1.再会は突然に
千鶴の実家は『ひだか』という料亭を営んでいる。
赤坂の路地裏にひっそり佇む昔ながらの店構えで、『知る人ぞ知る名店』と何度も雑誌の取材を受けた、創業七十年を超える老舗の日本料理店だ。
常連が多く、基本的には紹介制のため、身元のしっかりした客ばかり。大企業のトップが家族で利用することもあれば、霞が関から近いという立地もあって、よく政治家がお忍びで訪れたりもする。
数年前、二代目として店の名を広く知らしめた祖父に病気が見つかり、以降は千鶴の父が三代目大将として暖簾を継いだ。
母は女将を務め、兄は父について四代目として修行中。従業員は、昔から勤めている数人のみ。そんなひだかで、千鶴は仲居として働いている。
両親は好きな仕事に就いたらいいと言ってくれたが、千鶴はこの店で働きたくて専門学校のホテル学科で接客のいろはを学んだ。
小さい頃から店に出入りしていた千鶴にとって、ひだかは大好きで大切な場所。家族の一員として一緒に守っていきたいという思いが強かったため、進路に迷いはなかった。