「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました
第6話 憂える仮面夫婦たちの衝突

《1》

 某署と連携してひと月前から追っていた特殊詐欺組織犯 の主犯格がようやく尻尾を出し、逮捕に至ったのが前日。関連する事後処理もあらかた一段落し、間もなく時刻は午後十時半だ。
 主犯三名は逮捕に至ったが、直前で現場から逃走したらしき実行犯を含む構成メンバーが数名、そのうちまだ捕らえられていない者が一名――妙な胸騒ぎがずっと残っている。

(……まさかな)

 逃走中の被疑者の氏名を思い返し、眉が寄る。
 主犯を支えていた役割としては資金源らしく、実家がそれなりに太い。さして珍しいというほどでもないが覚えのある姓のせいで、妙な引っかかりを消せずにいる。
 胸がざわつく。どんな些事でも疑ってかかるのはこの仕事の常で、考えすぎも度が過ぎることばかりだ。だが今回は特に、ざわざわと内臓を舐めるような不快感と嫌な予感が抜けない。

 玄関の鍵を開け、明かりの落ちた廊下を進む。物音を立ててしまわないよう意識を集中させているうち、次第に呼吸が浅くなっていく。
 昨日までは手が放せず泊まり込んでいたが、今夜は帰れた。それでももう深夜だ。夜の早い妻はすでに寝ていて、分かっていたことではあるが気分が沈んだ。

 シャワーを浴び、自室に向かうその直前に魔が差した。
 彼女しか使っていない寝室のドアを慎重に開け、ベッドの傍まで忍び足で歩み寄る。規則的な寝息が耳に心地好く溶け、同時に胸がずきりと痛んだ。
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