「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました

《3》

 傷ついた気持ちのまま眠りに就いたわりに、眠りそのものは深かったらしい。
 今日が休みで本当に良かった。朝にシャワーを浴びてから簡単に身支度を整え、最小限の荷物をまとめて、私は実家に向かうことにした。

「ただいま」

 久しぶりに足を踏み入れた実家の玄関は、住んでいた頃よりも広く感じた。
 それは実家の玄関から私の靴がなくなったからというだけでは多分なくて、気を抜くとすぐ感傷に囚われそうになる。

「……おかえりなさい」

 事前に連絡を入れてはいたものの、少しの荷物と一緒に玄関先に現れた私を、母は亡霊でも見るような目で凝視していた。
 呆然と口を開けて固まってしまった母から、気まずさのあまり目を逸らす。

 泊まる前提で実家を訪れるのは、結婚後初めてだった。
 朝に電話で事情を伝えたとき、母は驚いていたけれど思いのほか遠巻きで、結婚記念日の夕方に電話をかけてきた際の勢いが嘘みたいだった。

 考えてみれば、母はあれ以来私に電話をかけてきていない。
 子供の話題を出して私に謝られたことを、母なりに気にしているのかもしれなかった。
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