「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました
第8話 私たちの長い夜の終わりに

《1》

「約束です。母に連絡させてください」

 助手席に押し込まれ、それから間を置くことなく発進してしまった車の中、私は隣の運転席でハンドルを握る比留川へ声をかける。
 隣は見なかったし、ミラー越しにも目を合わせなかった。

「いいよ、でも話の内容は全部聞かせて。あ、通報はしないでもらってね」

 車内という限られたスピースに私を閉じ込めた後だからか、あるいは斎賀家の前から離れることができたからなのか、比留川の声からは先ほどまでの焦りが和らぎつつあった。

 母に電話をかけながらスピーカーに切り替え、数回のコール音の後に『もしもし、薫子?』と母の声が聞こえてくる。
 私の帰りが遅いからだろう。随分と心配の滲んだ母の声を聞き、じりじりと後悔と申し訳なさが込み上げてくる。

「お母さん。あのね、この電話、比留川さんにも筒抜けなの」

 比留川、と名前を強調して告げると、通話越しの母は沈黙したきり吐息すら漏らさなくなった。

「通報はしないで。でも、和永さんには伝えてほしい」

 極めて明るい声で伝えた。
 母が取り乱してしまわないようにという意図と、通報はするなという比留川に逆らわない(てい)で通報してもらいたいという意図を込めて。
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