「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました

《2》

 それからとんとん拍子に話は進み、結納が済み、挙式も済み――結婚から一年。

「もしもし」
『ああ、薫子?』

 帰宅して間もなく、母から電話が入った。
 おおよそ月に一度、母はこうして私に電話をかけてくる。我が家に乗り込んでくることまではしないけれど、心配なのだと思う。かつて結婚直前につらい失敗を経験した私が、今、本当に幸せに暮らしているかどうか。

 それぞれ近況を伝え合ってから、短い沈黙が舞い降りる。
 それから、母は彼女の本題と思しき話題をようやく切り出してきた。

『薫子。あなた、仕事はいつまで続けるつもりなの』

 仕事という言葉が出てきた時点で苦笑が零れてしまう。またその話か、と。
 もう何度も訊かれている、慣れっこの質問だ。

「前にも言ったでしょ。私が続けたいから続けさせてもらってるの」
『それは確かに聞いたけど……』
「お母さんが紹介してくれたお仕事なんだし、適当はできないよ。理事長にもだいぶ良くしてもらってるんだよ」
『うーん、そういうことじゃなくてねぇ』

 ではどういうことなのか、という部分には結局触れず、母は言い淀むような沈黙を挟んでから溜息を落とした。
 電話越しにそれを聞きながら、つい面倒な気分が芽生えてしまう。
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