「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました
第2話 ワーカホリックからの花束

《1》

 七月八日、午前八時。
 この一年で立ち入る回数が激減した喫煙室に、煙草をくゆらせる同僚の姿を認め、溜息交じりにそちらへ足を向けた。

 昨日は担当している某企業の贈収賄事件の対応に追われた。弁護士同席での企業幹部の聴取には、特段神経を尖らせて応じざるを得なかった。
 午後も事情聴取や証拠分析に加えて捜査員たちとの協議、部下との打ち合わせなどであれこれ動き回り、気づいた頃には日が変わって一時間経っていた。仮眠を取ってから帰ることにして今に至る。

「うわ、能見だ。お前まだいたの」
「お前もまだいるだろうが」

 吸い終えた煙草を灰皿にぐりぐりと押しつけながら、()()(わら)が引いたような顔でこちらを見つめてくる。
 織田原は大学の同期であり、かつ一昨年まで一緒に組んでいた同僚だ。今は三課に所属している。互いに気心が知れている上、昇進後もほとんど態度を変えずに接してくるのはこの男くらいで、その気さくさに救いを感じることも多い。
 煙草は結婚を機にやめたが、ここには今でもたまに足を運んでしまう。昨日の夕方から引きずっている微かな苛立ちも、この副流煙まみれの小部屋に入るだけでそれなりに和らいでくれた。

「こんなところに寄ってる場合か? 早く帰れ、目の下真っ黒だぞ」
「はは、そゆのお前にだけは言われたくねえんだけど~ウケる」
< 30 / 236 >

この作品をシェア

pagetop