「愛は期待するな」と宣言していたエリート警視正の旦那様に離婚届を渡したら、次の日から溺愛が始まりました
第4話 38.5℃のゆりかごで眠る恋

《1》

 月曜。
 デート――厳密には〝しくじりの埋め合わせ〟だが――の翌日。

「離婚届を渡された」

 告げるや否や、対面の織田原は水のグラスを片手に「ゴッフ」と派手にむせた。

「なんて? い、いつ?」
「十日くらい前」

 織田原のグラスの中で揺れる水をぼうっと見つめながら返すと、織田原は「初耳すぎる……」と蚊の鳴くような呻きを漏らした。
 初耳で当然だ。こんな話は他の誰にも伝えていない。だが、この男には結婚記念日の翌日、喫煙所ですでに醜態を晒してしまっている。

 うへぇ、とさらに呻き、織田原はグラスをテーブルに置いた。『十日くらい前』というキーワードだけでおおよその事情は察してくれたらしい。
 引き続き、淡々と報告を続ける。

「記念日を忘れた俺の落ち度と言われればそれまでだが、理由を訊いても答えてもらえない。どうすればいい、焦りで仕事に支障が出そうだ」
「なん……お前……マジで……?」
「お前ならどうするか教えてくれ」

 今日は残務を早めに切り上げ、この店で織田原と落ち合った。
 学生時代によくふたりで通っていた、大学のキャンバスからほど近い場所に建つ馴染みの小料理屋だ。
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