この世界からきみが消えても
第1章 ちぎれた約束
【いまから行くね。20時半には着くと思う!】
そんな文言の下には、くまのキャラクターがケーキを持っているスタンプまで添えられていた。
莉久からのメッセージに思わず小さく笑いながら、ありがとう、と指先で紡いでいく。
────今日、わたしは20歳の誕生日を迎えた。
付き合ってもうすぐ1年が経つけれど、こういうまめでひと想いなところは全然変わらない。
『ケーキとプレゼントと花束と……あとお酒か。とにかく色々買って会いにいくから、紗良は家で待ってて』
そう言ってくれた莉久の、わたしより嬉しそうな笑顔を思い出してつい表情が緩む。
【待ってるね】
そう返してから何気なく窓の外に目をやると、見慣れた景色が広がっていた。
いつの間にか最寄りのバス停に到着していることに気づき、はっと立ち上がると慌てて降りた。
遠ざかっていくエンジン音を耳に荷物を持ち直す。
時刻は20時8分。
莉久が来るまでに着替えたり片付けたりと準備したいし、早く帰らないと。
そう思って歩き出したとき、スマホが震えた。
莉久からかと思ったものの、画面には“西垣くん”の表示。
彼の親友であり悪い人ではないのだけれど、最近は少し困った存在だった。
何かと他人をあてにすることが増え、わたしにもその余波が及んでいるのだ。
今回は何の用だろう。
またレジュメを見せて欲しいだとか課題を手伝って欲しいだとか、そういうお願いだろうか。
思わず苦い気持ちになりながらも応答して耳に当てる。
『もしもし……!』
「あ、西垣くん。悪いんだけど、今日は……」
『大変なことになった』
あまりに切羽詰まったような声色を受け、足が止まった。
差し迫っているのはいつものように課題の期限というわけでもないようで「え?」と返した声が緊張感を帯びる。
『莉久が────』
◇
病院にたどり着くまで、西垣くんの言葉がずっと頭の中で渦巻いていた。
渦巻きすぎてぐちゃぐちゃに溶けて、理解できないまま焦燥感だけに突き動かされている。
掴んだ取っ手を引くと、ガラ、と病室の扉がスライドする。
その先に真っ白なベッドが見えた。
横たわる莉久の顔色も蒼白で、固く目を閉じたまま動かない。
「りく……?」
こぼれた声は音にならず、掠れて消えた。
息が苦しいのは駆けてきたせいだけじゃない。
「莉久……っ」
涙が滲んだ。
浅い呼吸を繰り返しながら、震える手でベッド柵を握り締める。
莉久が刺されて病院に運ばれた────という到底信じがたい西垣くんの言葉が、いまになってじわじわと浸透してきた。
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