初めまして皇帝陛下。どうぞ離婚してくださいませ〜3年放置された花嫁は離婚を突きつける〜

第九章 樹脂食器の開発

 ある日の夕食どき。

 カチャン! と高い音を立てて陶器が割れる高い音がした。

「ああっ!」

 泣き出しそうに顔をゆがめたハンスが床を見下ろす。

 手を滑らせて、ティーカップを床に落としてしまったらしい。

 侍従長のアドルフの命で、侍女がすぐにやってきて片付けをし、代わりのティーカップを持ってきて飲み物を注ぐ。けれども、失敗をしてしまったことですっかりハンスの肩は落ちてしまっていた。目には涙が浮かんでしまっている。

「怪我はない? ハンス」

 真っ先に私は、彼が欠片で手を切っていないか心配で声をかけた。

「……大丈夫だよ、コルネリアお義姉さま。だけど……」

 そう言って、割れた破片が在った場所を見つめていた。

「大丈夫よ、ハンス。失敗は誰にでもあるわ」

 クリスティーナさまも慰めるけれども、ハンスの目に浮かんだ涙は引かない。

 ちなみに、皇帝陛下は私たちとは一緒に食事は採らず、おひとりでなさっている。

 私はハンスの割れたティーカップを見て考えてしまう。

 そもそも子供に割れやすい陶磁器を扱わせるのって、危ないんじゃないかしら?

 今日はそれこそ怪我がなくて良かったものの、割った拍子に怪我をしてしまっては可哀想だ。

 陶磁器が食器として流行る前、帝国では銀食器が主に使われていたという。使われていた理由は、とある毒を検知することが出来ることが大きな理由のひとつだった。

 だが、毒は多種多様に増え、一種類の毒しか検知出来ないのでは、あまり有用ではないと思われるようになった。しかも銀食器は磨く手間がかかるし重い。

 そうして、次に流行ったのが東方から輸入してきた陶磁器を再現するようにして作られた、帝国風陶磁器だった。白くなめらかな薄い陶磁器の上には様々な模様が描かれ、華やかさを誇るように流行ることになった。

 けれど、割れるから子供に扱わせるのはどうかと思うのよね。

 かといって、いまさら昔の銀食器を子供に持たせるというのも重いだろう。

 そうして、私は『深奥の図書館』の中を探る。

 ──軽くて壊れにくいものはなかったかしら……。

「……ありますわ!」

「どうしたの、コルネリア?」

「コルネリアお義姉さま?」

 突然声を上げた私に注目が集まる。そこで、私の考えを二人に説明することにした。

「今、ハンスが食器を割りましたよね? それを見て私、子供に陶磁器を扱わせるのは危ないと思ったのです」

「まあ、確かに見ていてハラハラすることはあるわね……」

 クリスティーナさまが頬に手を当てる。

「そこで思ったのです。軽くて割れにくい食器があれば、子供にも扱いやすいのではないかと!」

 それを聞いて、その場に居たみなが目を丸くする。

「コルネリア。そんなもの存在するの? 少なくとも、私は知らないけれど……」

「はい。南方の樹木に白い粘ついた樹液を出す木があるんです。それを加熱させることで、好きな形に固めることが出来ると書物で読んだことがあります。その固めたものは、とても軽くて丈夫なのだそうです。その、『好きな形』を食器にすれば……」

「子供用の食器が出来るって訳ね!」

 ぽん、とクリスティーナさまが嬉しそうに手を打つ。

「そうです、そうです。それは一度固めてしまえば熱にも強いと聞きましたから、食器にはうってつけだと思います!」

「……それはハンスのためにも欲しいわ……!」

「僕、もう食器を割らなくて済む?」

 クリスティーナさまもハンスも嬉しそうだ。

「さっそく手配しましょう。……ですが、こういうことって、どうしたら良いのかしら?」

 首を捻っていると、控えていた侍従長のアドルフが横にやってきた。

「失礼ながら、これは新しい商品の開発案件になるかと思います」

「そう言われれば、そうね……」

「そういったことが得意なのは、商人です。差し支えなければ、私の方で、帝都の商会長と対面できるよう、調整することが出来ますが……。あと、その旨を皇帝陛下にご許可いただいておきましょう」

 なんとアドルフは有能で顔が広いのだろう。私のために商会長との仲介をしてくれるという。皇帝陛下への手続きもしれくれるようだ。

「なるほど。ありがとうアドルフ。そうしてもらえると嬉しいわ」

 アドルフに頼んでおけば、商会長との目通りの段取りは整うだろう。皇帝陛下への許可も取れる。あとは、書物で読んだ商いというものの仕組み、商習慣をを思い出さなければ、と『深奥の図書館』の引き出しを引っ張り出す。

 そうだ。何かを新しく作り出すときに一番大事なものがあったわ。

 それは、特許申請。

 それは、何かを生み出す場合、それが生み出す権利を得るための大切な手続きとなるのだ。その登録をしておかないと、有象無象の人々に勝手にそのものを作られてしまったり、他の人に権利者登録をされて、利益を奪われてしまったりする。

「……商会長に伝えておいて欲しいの。上手くいったら、私の名で特許申請をしたいと」

 それを告げると、アドルフが驚いたように目を丸くする。

「皇后陛下。商習慣にまでお詳しいとは……、さすが教授方に才女と謳われるだけはあります」

 あら? 教授たちとは后教育をお願いしている彼らかしら?

 才女と謳われているとは初耳だわ。

「コホン」と、少し気恥ずかしかったので気を取り直して私は咳払いをする。

「才女かどうかはともかく、特許申請をしないと権利を失うと書物には書いてあったわ。それで間違いないのですよね?」

「はい、そうです。そして、仮に皇后陛下が特許申請を行った場合、他の者がその製品を作るたびに、その利益が皇后陛下の元に入ります」

「まあ、商才のある皇后だなんて面白いわ」

 クリスティーナさまがくすくすと笑う。

「まあでも、私はドレスやら装飾品やら、十分に皇后としての仕度はしていただいておりますから、これ以上の贅沢をするつもりもありません」

 そう言って、荘厳だったあのウォークインクローゼットの中を脳裏に描き出す。

「……であれば、皇后の使えるお金が増えるということは、国の費用が増えるのと変らないのかもしれません。万が一民に何かあれば施しでも何でも、私の手でお金を動かす自由ができるでしょう?」

「まぁ! 民の有事のことまで考えて居るだなんて!」

 クリスティーナさまが感嘆の声を上げる。そして、感慨深げに私を見つめた。

「なんだかこの国に来て三年ほどだけれど、コルネリアはすっかり皇后らしく賢く気高くなっちゃって! それにそれだけでなく、高邁な考え方まで出来るようになってきたのね。素晴らしいわ。あとは御子が生まれるのを待つだけね」

 ──ええっと! 私は誓約書の賭けをもって、自立を考えているのですけれど!

 もちろん、樹脂製品の資金は民の有事の際の資金とすることを考えてはいる。でも、もしその必要がなく余るようだったら、自分の力で得た金銭だもの。自立する際の元手にしようと考えていた。

 だから、クリスティーナさまの純真な疑うことのないような賞賛は目に眩し過ぎた。

「ふふふ。私も早く陛下の御子を賜りたいですわ」

 そう(うそぶ)く私は、顔が引きつりそうだった。

 そんな私をハンスが不思議そうな顔で見る。

「ねえ、コルネリアお義姉さま。なんか無理してなぁい?」

「そんなことはないわよ?」

 そうして、私はその場を和やかにごまかし、来たる商会長との面談の日に備えたのだった。
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