初めまして皇帝陛下。どうぞ離婚してくださいませ〜3年放置された花嫁は離婚を突きつける〜

第十二章 夜会

「コルネリア、近々、夜会が開かれるから、そのつもりでいてくれ」

 ある日、各国の王族や大使を集めての大々的な西方遠征の戦勝会を兼ねた夜会が行われることを、私は聞かされた。

「お招きしているお国のリストをいただけませんか? 来賓の方々に、皇后として失礼があってはなりませんから」

 そう願い出ると、むしろ喜んだ様子で快く皇帝陛下は私の求めるものをくださった。

「良かったわ。これなら、以前家庭教師の先生方に教わった言葉でことが足りそう」

 そのときにいただいた来客者たちの国別リストを見て、私はほっと胸を撫で下ろしながら、私は余暇を過ごしていた。

 そうしていると、扉をノックする音がした。

「皇后陛下、今、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか」

 マリアの声だった。

「ええ、もちろんよ」

 私は返事をする。すると、マリアとは違う侍女が扉を開ける。そして、マリアとまた別の侍女が大きな箱や小さな箱を携えて部屋に運び込んだ。

「……これは?」

「皇帝陛下からの贈り物です。今度の夜会に着ていらっしゃって欲しいそうです」

「まあ。衣装はたくさんあるというのに」

 そう言って思わず私はウォークインクローゼットの方に視線を遣る。

 そんな私を見て、ふふ、とマリアは微笑んだ。

「初めて皇帝陛下が皇后陛下を公式の場でエスコートなさる夜会ですから。皇帝陛下におかれましても、特別な夜なのでしょう」

 なんだかとても大切にされているような感覚に陥ってしまって私は頬が熱くなるのを感じた。しかしそれから、それは錯覚だわ! とばかりに私はふるふると首を振った。

 ──一年の間だけと誓約をした仲じゃないの。

 勘違いしてはいけないわ。

 私のお父さまとお母さまの死の謎を明らかにしてくれる手助けをしてくださると、彼はお約束をしてくださった。そう。優しく、頼りになる方だけれど。

 今は「賢く、美しく、そして優しい女」だなんて言ってくれる。でも、最初に三年置いておいた方よ。もしかしたら、やはり私にはあまり興味をお持ちじゃないかもしれないじゃない。期待しすぎたら、私が傷つくわ。

 期待と諦念の間で心がさまよった。

「皇后陛下……?」

 私がだんまりしているので、不思議に思ったらしいマリアから声をかけられる。

「ああ、ごめんなさい。ドレスよね。どんなドレスなのかしら? 見てしまっても良いのかしら?」

「ええ、むしろ先に見ておいた方がよろしいですわ。では、私たちが箱を開けますね」

 そう言って、マリアたち侍女が次々に箱を開けていく。

「一番大きい箱はドレスですね。今、お出ししますね」

 そう言って、マリアはドレスの形の部分を持って、私にその全体を見せてくれる。

「まあ、綺麗」

 思い出したのは陛下の紫石英(アメジスト)の瞳だ。その色と全く同じ色に染め上げられた紗をベースにしたドレスだった。そのドレスには、たくさんの小さな宝石とレースがあしらわれている。また、そして要所要所に濃い紫のリボンとレースで出来た花がドレスを飾っていた。

 形はオフショルダーで、首と肩を露出するスタイルだ。

 揃いの手袋も添えられている。

「御自らのお色をお選びになるなんて。皇帝陛下は、本当に皇后陛下をお想いになっておられるのですね」

 マリアの言葉に私は戸惑ってしまう。だって、私にはあの誓約があり、その自覚はなかったから。

「……そ、そうかしら?」

 自信なさげに答えると、マリアに笑われてしまった。

「皇后陛下、もっと愛されていらっしゃる自信をお持ちになった方がよろしいですわ」

 だなんて言われてしまう始末だった。

「次は靴でしょうか?」

 大きさから推定したのであろう、マリアがそう言って開けると、やはり靴が姿を現わした。

 靴は濃い紫で、リボンとレースがあしらわれた、ドレスと揃いを意識したものだった。

「次は……髪飾りですわね」

 マリアが開けた箱の中には、濃い紫の生地で作った薔薇の花が数個まとめられており、アメジストとパールがその花を飾る。そして、それらをまとめるレースで出来た髪飾りが二つ入っていた。

「これをお使いになるのでしたら、サイドの髪を編み込みでまとめ上げて、両サイドにお花の髪飾りを飾るのが良いかもしれませんね」

 マリアの中では、夜会での私のイメージが出来上がってきているらしい。

 そして最後の箱が開けられる。

「本当に皇帝陛下は、皇后陛下がご自分のものであると主張なさりたいのですね」

 微笑ましげに笑うマリア。

 その箱に収められていたのは、豪奢な紫石英(アメジスト)と、その周りにくるりと金剛石(ダイヤモンド)があしらわれた、揃いのティアラとイヤリング、そしてネックレスだった。

「……私には勿体なくないかしら……」

 いっときの妻だというのに。

 そう呟いた私の唇を、マリアは指先でそっと塞いだ。

「失礼します、皇后陛下。先ほども申しあげましたが、もっと愛されている自信をお持ちください」

 ──そう、なのかしら?

 私には分からなかった。

 でも、自由を経験してみたい反面、今では皇帝陛下やクリスティーナさま、ハンスとの別れも寂しいような気もしてくる。家族のような愛情があった。

 そして皇帝陛下に対してはそれ以上の感情も持ち合わせている……。

 私の心は揺れ動いていた。
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