初めまして皇帝陛下。どうぞ離婚してくださいませ〜3年放置された花嫁は離婚を突きつける〜
第二章 婚約破棄
ある日、私の父母の弔問──つまりは、婚約者私の父母の死を悼むという名目で王太子カール殿下が我が家にやってきた。
私は彼から白い薔薇を渡される。
「……ありがとう、ございます」
私は俯いたまま花束を受け取る。
まだ心の傷が癒えていなかったこと、死の真相を内に秘めたままの私には、そう対応するしか出来なかった。明るくなんて対応出来なかった。
そんな私に、王太子殿下が言い放つ。
「相変わらず可愛げのない女だな。せっかく私が来てやったというのに、愛想のひとつも付けないのか!」
なんということだろう!
弔問に来たというのに、その相手、私に寄りそうでもなく、彼は癇癪を起こしてしまったのだ。
そうだ。彼は我儘で尊大で、私のことなど顧みてはくれない人だった。本を読み、学ぶことが大好きな私と、遊び好きな彼とは、相性は最悪ともいえた。
ふたりの間に冷えた空気が流れる。
そんなときに、エルザがタタッと駆け出してきた。
「わぁっ。とっても素敵。この方が王子さまなのね!」
私を押しのけて、エルザが王太子殿下の前に立つ。ちら、と見ると、背後に叔母さまが立っていたから、彼女がエルザを唆したのかもしれない。
王太子殿下の目の前で、エルザの甘いピンクブロンドの髪が日に照らされて波打った。表情は明るく無垢そのもの。大輪の笑顔を浮かべた幼い娘。大きく目を見開いた王太子殿下の目にはまるで天から舞い降りた天使のように思えたのかもしれない。彼はすっかり目を奪われている様子だった。
「お前は誰だ?」
「エルザって言うの。この人の義妹よ」
つまらなさそうに私を指さして、エルザはそう答えた。
「コルネリア。私はお前に花は贈った。慰問は終わった。……私はあとはこの娘と過ごす。お前は本ばかりだし、こざかしくてつまらない」
「うふふっ!」
そう私に告げると、王太子殿下はエルザの手を取った。エルザも私のものを奪ってご機嫌のようだ。
──え?
私はあっけにとられたが、相手は格上の王太子殿下。異論を述べることも出来なかった。あまり仲が良くないとはいっても、今日は私の父母への弔問が目的のはずなのに、そう言いたかったけれど。
「承知しました」
しかし私は気持ちを隠して頭を下げる。相手は王太子殿下だ。文句は言えなかった。そして、ひとり館の中へと帰って行った。
自室の窓から子供の声が漏れ聞こえる。
王太子殿下とエルザが戯れはしゃぐ声だ。
私は花束をそこらに放り捨てた。確かにお父さまとお母さまへの慰問の品。でも、心がこもっていないものなどいらなかった。
そして私は、机に向かい、書庫から持ってきていた本を開いた。本は良い。どんなイヤなことも忘れさせてくれるし、他の知らない世界へ連れてってくれる。全く知らないことを教えてくれるし、何より私には特別なものがあった。
『深奥の図書館』
それは、私だけの能力。
私は実は現代日本からの異世界転生者である。それを思い出したのは、私が五歳頃だっただろうか。
日本では難病を抱えて病弱な二十半ばで亡くなった女性で、ベッドの上で本ばかり読んでいた記憶がある。その病気が発症したのは十代後半頃だろうか。
そんな私が、その抱えていた病で亡くなったとき、神様から特殊能力をいただいたのだ。
それが『深奥の図書館』だ。
それによって、私は一度読んだ本の内容を忘れることはない。私の頭の中は、本を読めば読むほど、まるでその名のとおり奥深い図書館のように知識量はどんどん膨らんでいく。
ぱらり、ぱらりとページをめくっていく。
ただし、私の秘密を知るものも既にいない。『深奥の図書館』の能力を持っていることは、お父さまとお母さまと、私だけの間の秘密だったから。
お父さまが国王陛下とお約束を交わしてくださった縁談。
──それもあの子に奪われるのかしらね。
あの子は何でも私から奪っていく。
キャッキャと子供がはしゃぐ声を聞きながら、子供心にそう予感していた。
その晩のこと。
やはりと言うべきだろうか。
「ねえねえ、王子さまのお嫁さんになら、私がなりたいわ!」
やはりそう言って、エルザが駄々をこね出した。
そう。エルザは、この家に来て以来、私の持っている綺麗なもの、可愛いものを、叔父さまたちにねだってみんな奪っていった。ドレスも、装飾品も。お人形も。
唯一の救いは、本には興味がなかったことだろうか。
そしてまた、そんなエルザを目に入れても痛くないといった様子で両頬を手で包む叔母さまがいた。
「そうねえ、エルザ。王太子殿下のお嫁さんには、可愛いエルザの方がお似合いかもしれないわねえ」
「ああ、それはいい。エルザは本ばかり読んで地味で可愛げのないコルネリアなんかと違って愛らしくて愛嬌がある。きっと王太子殿下もお前の方がいいに決まっている」
そう言って、叔父さまはエルザの頭を撫でた。
それが終わると、叔父さまはわたしの方を向いて見下ろした。
「コルネリア。聞いていたか」
「えっ……何を……ですか」
「王太子殿下とエルザの話だ」
「……聞いてはおりましたが……婚約のお話は国王陛下がお決めになったことで……」
「こざかしいっ!」
バンッと手近にあった本を投げつけられる。
「痛いっ」
けれど、その痛みよりも、私は大好きな本を無下に扱われたことが悲しくて、その本を抱きしめ、小さくその場にしゃがみ込んだ。
「……今後、王太子殿下が我が家にいらっしゃったときには、エルザに接待をさせる。王太子殿下も、エルザにまんざらでもなかったご様子。本ばかり読んでいる辛気くさいお前よりよっぽど楽しくお過ごしくださるだろう」
そうして、王太子殿下の相手はエルザが行うようになった。王太子殿下もまんざらではないのだろう。私相手だったときより、足繁く我が家に通うようになった。
そんなあるとき、居間を通りかかったところで、叔父さまと叔母さまの会話を小耳に挟んだ。
「エルザが王太子殿下に輿入れして、王子を産めば、私たちは正式に外戚になれる。ぜひとも王太子殿下にはエルザを気に入っていただかなくては」
「コルネリアはどうするの?」
「……恋は盲目、というだろう?」
「そうですわね」
二人は愉しそうに笑う。
私は、幼いながらも、もうときは動いているのを感じ取っていた。
私は彼から白い薔薇を渡される。
「……ありがとう、ございます」
私は俯いたまま花束を受け取る。
まだ心の傷が癒えていなかったこと、死の真相を内に秘めたままの私には、そう対応するしか出来なかった。明るくなんて対応出来なかった。
そんな私に、王太子殿下が言い放つ。
「相変わらず可愛げのない女だな。せっかく私が来てやったというのに、愛想のひとつも付けないのか!」
なんということだろう!
弔問に来たというのに、その相手、私に寄りそうでもなく、彼は癇癪を起こしてしまったのだ。
そうだ。彼は我儘で尊大で、私のことなど顧みてはくれない人だった。本を読み、学ぶことが大好きな私と、遊び好きな彼とは、相性は最悪ともいえた。
ふたりの間に冷えた空気が流れる。
そんなときに、エルザがタタッと駆け出してきた。
「わぁっ。とっても素敵。この方が王子さまなのね!」
私を押しのけて、エルザが王太子殿下の前に立つ。ちら、と見ると、背後に叔母さまが立っていたから、彼女がエルザを唆したのかもしれない。
王太子殿下の目の前で、エルザの甘いピンクブロンドの髪が日に照らされて波打った。表情は明るく無垢そのもの。大輪の笑顔を浮かべた幼い娘。大きく目を見開いた王太子殿下の目にはまるで天から舞い降りた天使のように思えたのかもしれない。彼はすっかり目を奪われている様子だった。
「お前は誰だ?」
「エルザって言うの。この人の義妹よ」
つまらなさそうに私を指さして、エルザはそう答えた。
「コルネリア。私はお前に花は贈った。慰問は終わった。……私はあとはこの娘と過ごす。お前は本ばかりだし、こざかしくてつまらない」
「うふふっ!」
そう私に告げると、王太子殿下はエルザの手を取った。エルザも私のものを奪ってご機嫌のようだ。
──え?
私はあっけにとられたが、相手は格上の王太子殿下。異論を述べることも出来なかった。あまり仲が良くないとはいっても、今日は私の父母への弔問が目的のはずなのに、そう言いたかったけれど。
「承知しました」
しかし私は気持ちを隠して頭を下げる。相手は王太子殿下だ。文句は言えなかった。そして、ひとり館の中へと帰って行った。
自室の窓から子供の声が漏れ聞こえる。
王太子殿下とエルザが戯れはしゃぐ声だ。
私は花束をそこらに放り捨てた。確かにお父さまとお母さまへの慰問の品。でも、心がこもっていないものなどいらなかった。
そして私は、机に向かい、書庫から持ってきていた本を開いた。本は良い。どんなイヤなことも忘れさせてくれるし、他の知らない世界へ連れてってくれる。全く知らないことを教えてくれるし、何より私には特別なものがあった。
『深奥の図書館』
それは、私だけの能力。
私は実は現代日本からの異世界転生者である。それを思い出したのは、私が五歳頃だっただろうか。
日本では難病を抱えて病弱な二十半ばで亡くなった女性で、ベッドの上で本ばかり読んでいた記憶がある。その病気が発症したのは十代後半頃だろうか。
そんな私が、その抱えていた病で亡くなったとき、神様から特殊能力をいただいたのだ。
それが『深奥の図書館』だ。
それによって、私は一度読んだ本の内容を忘れることはない。私の頭の中は、本を読めば読むほど、まるでその名のとおり奥深い図書館のように知識量はどんどん膨らんでいく。
ぱらり、ぱらりとページをめくっていく。
ただし、私の秘密を知るものも既にいない。『深奥の図書館』の能力を持っていることは、お父さまとお母さまと、私だけの間の秘密だったから。
お父さまが国王陛下とお約束を交わしてくださった縁談。
──それもあの子に奪われるのかしらね。
あの子は何でも私から奪っていく。
キャッキャと子供がはしゃぐ声を聞きながら、子供心にそう予感していた。
その晩のこと。
やはりと言うべきだろうか。
「ねえねえ、王子さまのお嫁さんになら、私がなりたいわ!」
やはりそう言って、エルザが駄々をこね出した。
そう。エルザは、この家に来て以来、私の持っている綺麗なもの、可愛いものを、叔父さまたちにねだってみんな奪っていった。ドレスも、装飾品も。お人形も。
唯一の救いは、本には興味がなかったことだろうか。
そしてまた、そんなエルザを目に入れても痛くないといった様子で両頬を手で包む叔母さまがいた。
「そうねえ、エルザ。王太子殿下のお嫁さんには、可愛いエルザの方がお似合いかもしれないわねえ」
「ああ、それはいい。エルザは本ばかり読んで地味で可愛げのないコルネリアなんかと違って愛らしくて愛嬌がある。きっと王太子殿下もお前の方がいいに決まっている」
そう言って、叔父さまはエルザの頭を撫でた。
それが終わると、叔父さまはわたしの方を向いて見下ろした。
「コルネリア。聞いていたか」
「えっ……何を……ですか」
「王太子殿下とエルザの話だ」
「……聞いてはおりましたが……婚約のお話は国王陛下がお決めになったことで……」
「こざかしいっ!」
バンッと手近にあった本を投げつけられる。
「痛いっ」
けれど、その痛みよりも、私は大好きな本を無下に扱われたことが悲しくて、その本を抱きしめ、小さくその場にしゃがみ込んだ。
「……今後、王太子殿下が我が家にいらっしゃったときには、エルザに接待をさせる。王太子殿下も、エルザにまんざらでもなかったご様子。本ばかり読んでいる辛気くさいお前よりよっぽど楽しくお過ごしくださるだろう」
そうして、王太子殿下の相手はエルザが行うようになった。王太子殿下もまんざらではないのだろう。私相手だったときより、足繁く我が家に通うようになった。
そんなあるとき、居間を通りかかったところで、叔父さまと叔母さまの会話を小耳に挟んだ。
「エルザが王太子殿下に輿入れして、王子を産めば、私たちは正式に外戚になれる。ぜひとも王太子殿下にはエルザを気に入っていただかなくては」
「コルネリアはどうするの?」
「……恋は盲目、というだろう?」
「そうですわね」
二人は愉しそうに笑う。
私は、幼いながらも、もうときは動いているのを感じ取っていた。