氷壁エリートの夜の顔

第25話 「知られたくないと思っている話よ」 結城颯真の視点

 八木さんの、あれは──告白だったのだろうか。
 たぶん、そうだ。

 気持ちを押しつけることなく、それでも相手が手を伸ばしてきたら、迷わず握り返す。
 そう伝える、控えめな告白。
 ──いかにも、あの人らしい。

 土曜日の古美多での光景がふと脳裏に蘇った。
 八木さんは、俺の席に座り、祐介くんと笑い合い、桜さんから柿ようかんを受け取って、「ありがとう」と言っていた。

「俺の席、か」

 思わずつぶやいて、自分で苦笑する。
 最初に桜さんと古美多で会ったとき、「俺の定食屋」と言って怒られた。
 あのときから、俺は何も変わっていないのかもしれない。

 いずれにせよ、選ぶのは彼女だ。
 八木さんは「口説きの八木」と呼ばれているが、実際に本気で誰かを口説いたという話は、聞いたことがない。
 もし本当に桜さんに向き合うつもりなら──それは、おそらく彼の本気なのだろう。

 どちらにせよ、俺が立つ場所はもう決まっている。

──彼女に、フラれた側だ。
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