氷壁エリートの夜の顔

第6話 ストウブ料理

「彼氏がいるので、ごめんなさい」
 そう返したけれど、今日は──頭を下げなかった。

 いつも一緒にお昼を食べる美玲が出張で不在だったので、私はひとりでテラスガーデンに向かった。
 芝生の合間に広葉樹が点々と植えられたその一角を、私は密かに「ピクニックエリア」と呼んでいる。

 日当たりのいいベンチに腰を下ろし、お弁当を広げる。高く澄んだ秋の空を見上げながら食事をしていると、背後からよく通るバリトンが響いた。

「手作り? 美味しそうだね」

 振り向くと、八木(やぎ)光希(みつき)さんが立っていた。

 淡いグレージュのセットアップにノータイの白シャツ。ラフなのに隙のないその装いは、どこか、見られることを意識したような余裕を感じさせる。
 柔らかな目元に端正な顔立ち、スッと伸びた立ち姿──整いすぎているのに、なぜか嫌味を感じさせないのは、彼の人懐っこい性格ゆえかもしれない。

 30歳。独身。社内でも知らない人はいない、コーポレート・コミュニケーションズ──広報部の顔。
 その話しやすさと、モデルのような佇まいのギャップで、女子社員たちから密かな人気を集めている。
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