大学生の須藤藤乃が小学生二人とごはんを食べる話
第5話 牛丼、買ってきたサラダ、理人が作った卵スープ
百均で丼を買った数日後、授業中に話しかけられた。
「合コンするから、藤乃も来いよ」
「いかねえ」
会話は三秒で終了。
天気のいい平日の昼間。
広々とした学内の庭園でバラの世話をしている。バラの匂いが広がって、しっとりした空気があったかくて気持ちいい。
「ジメジメしてやだなー!」
「あっちいしな!」
「わ、トゲ刺さった!」
「うるせえよ……」
近くで作業している野郎どもがうるさくて仕方ない。珍しい品種や改良中のバラもあって、見てるだけでも楽しいけど、自分で触れるとさらにテンション上がる。
……一人でやりたかった!
「剪定した蕾は持って帰ってもいいってさ」
「いや、いらんだろ」
「ばっか、女の子に上げるんだよ!!」
そんな声が反対の通路から聞こえる。マジか。持てるだけ持って帰ろう。小さいやつがいいな。実家で捨てる花と合わせて、葵にミニブーケとかドライフラワーの作り方を教えるのに使いたい。サシェにしてもいいな……。
パチパチと鋏を動かす。先生がビニール袋をくれたから、落とした蕾を入れていく。
「お前、そんなに持って帰ってどうすんの」
「考え中。茎が長いやつはブーケかドライフラワーにして……短いのはサシェかな」
「なんそれ、ガチ勢?」
「なんのガチ勢なんだよ……」
俺が集めてるのを見て、うるさかった男子たちも、自分の担当のバラの蕾をくれた。やった。これだけあれば、バラのリースも作れそう。
汗で落ちてきたメガネを直す。リース、二個は作れそうだな。
「ブーケ作ってどうするの?」
いつの間にか、女子もやってきて俺の手元を覗き込んでいた。
「どうしよっかな。作るのが目的で、作ったあとは考えてない」
実家の店の隅で売らせてもらうか……試作は葵にやるとして、あとはどうすっかなあ。
「……できたら、須藤くんが作ったバラのブーケほしいなぁ」
「は?」
同じクラスのなんとかさんが、頬を染めて見上げていた。意味わからん。
「自分で作れば?」
「えっ」
「お、袋いっぱいじゃん。バラありがと。助かるわ」
袋を抱え直して歩き出す。先生に鋏を返して校舎に向かう。後ろからバタバタと足音が聞こえた。
「おっまえ、可哀想だろうが!」
追いかけてきた何人かに怒られる。やっぱあれ、そういうこと? 断って正解だった。
「えー、やだよ、気を持たすみたいなことすんの……」
「かわいかったじゃん!」
「背ちっちゃいし、図々しくてヤダ。でも両手いっぱいにバラの花束持ってきて、『一緒に育てよう!』って言われたら惚れるかも」
「なんでだよ……」
「なんでだろうな?」
たしかに、自分で言っておいて意味わかんねぇな。たぶん、他力本願じゃなくて「一緒に頑張ろう」って言ってくれたら嬉しいんだよな。
何もできない俺だから、手を引っ張って、一緒にやってくれる子、いないかなあ。身長が俺と同じくらいなら、もっと嬉しいな……。
帰宅してバラの蕾を水につけてから、スーパーに向かう。何食おうかな……。満足感があって、腹が膨れて、肉がいいな、あとは……。
「牛丼屋だ」
スーパーのちょい先の牛丼屋から、うまそうな匂いがしてきた。よし、牛丼にしよう。フラフラ吸い寄せられたけど、看板を見て我に返る。
「高えな」
ごはん大盛りにしたいけど、ますます高くなる。サラダや味噌汁なんかつけてらんない。んー……。
「藤乃さん!」
「おお、理人だ」
呼ばれて振り返ると、ニコニコした理人が駆け寄ってきた。
「牛丼ですか?」
「うん。でも高いから悩んでた」
「作ればいいんじゃないですか? ちょうど藤乃さんの部屋に行くところだったのでご一緒します」
「理人はかしこいな」
「作り方、調べましょう」
理人がスマホを取り出してススッと指を滑らせる。
「えっと、牛肉とたまねぎがあればできそうです」
二人で理人のスマホをのぞき込む。
「生姜かあ」
「チューブのがありますよ」
「なるほど」
スーパーでタマネギをカゴに入れる。ついでにカットレタスも追加。砂糖と醤油は家にある。酒とみりんはないなあ。
「調理酒と清酒って何が違うんだ? 本みりんとみりんタイプもさ……」
「AIに聞いてみましょう」
またもや二人で理人のスマホを覗き込む。AIアプリに聞いてみる。答えはすぐに返ってきた。
「ふうん? ところでこれ、あってる?」
「え、違うことがあるんですか?」
「めっちゃあるよ。AIってさ、笑っちゃうくらい嘘つくときあるから、論文とかには使えねぇんだ」
「そうなんだ……」
とはいえ、AIが教えてくれた酒やみりんの成分とアルコール度数なんかはあってるから、そんなに的外れでもない気がする。なにより、現状他に確認手段がない。
「とりあえず今は、安いし調理酒とみりんタイプの小さいやつでいっか」
生姜もチューブを発見して、最後に牛肉を買えば買い物は終わり。牛肉も種類があって悩んだけど、とりあえず安いのを買った。
帰宅してから、まずはごはんを炊く。早炊きにすれば三十分くらいで炊ける。炊飯器と無洗米っていう文明の利器なしじゃ、もう生きてけない。
理人がタマネギと牛肉を切ってくれたので、俺は鍋(百均で買った。フタ付きで五百円)に調味料を入れる。たくさん作ったら、しばらく食えるのでは? とも思ったけど、単純に倍でいいのかわからなかったから、今回はレシピ通り二人前作る。
「鍋にタマネギ入れていいですか?」
「いいよ」
火にかけて、ときどき混ぜる。
「あ、理人スマホ持ってるだろ。連絡先教えとけよ」
「いいんですか? お願いします」
俺の少ない連絡先が一つ増えた。
家族と葵と瑞希、あとは同じクラスの男子とか実習用のグループくらい。そんなもんな気もする。念のため、アドレス帳以外は拒否の設定にしている。SNSも全部そうだし、全部鍵かけてる。先日、鈴美が部屋の前にいたときからそうしている。
タマネギが透き通ってきたので牛肉を入れる。あっという間に火が通る。
おお、うまそう! って顔上げたら、理人がまな板と包丁を洗ってた。……ほんと、しっかりしてるな、こいつ。
「あ、この間家庭科で卵スープ作ったんです。作っていいですか?」
「いいけど、もう鍋ねえよ」
「フライパンでいいですよ」
理人はフライパンに水をじゃあじゃあ流して、火にかける。この前持ってきたうま味調味料と、塩と醤油を入れる。冷蔵庫から卵を出し、溶く。沸いた湯に卵を流したら完成。
「……お前、手際いいな」
「家でも作りました。宿題で出たので」
なるほどと頷いたところで、ごはんが炊けた。
丼にごはんをよそって、牛丼を乗せる。
「理人の丼、ねえな」
「僕のは牛皿にします」
「はいよ」
「サラダ出しますね」
「ドレッシングねえな。マヨネーズかけて」
「わかりました」
理人と一緒に茶碗とお椀を出して、ごはんとスープをよそった。肉も乗せて机に運ぶ。気づけば、葵の分も含めて三人分の食器がうちにある。
全部運んで、理人と向い合って手を合わせた。
「いただきます」
汁をすすり、レタスをかじる。丼に箸を突入れて、肉とごはんを同じくらいすくう。甘辛い肉と、下に隠れてた柔らかいタマネギ、それにごはんが混ざる。
「うめえな!」
「はい、おいしいです!」
二人で黙々と食べ続けた。紅しょうががなかったけど、このためだけに買うのもなあ。そうだ、理人のばあちゃんがくれた生姜の佃煮があったっけ。
「これ、合うかなあ」
「乗せてみましょう」
「……これはこれで」
「悪くないです」
ごはんが足りない。お代わりを盛っていると、理人も茶碗を持って並びにくる。
「肉、もうちょい食う?」
「ちょっと」
「なら、乗せちゃえよ」
「そうします」
理人の茶碗のごはんに牛丼を乗せ、自分の分も少し追加する。それで作った分がなくなった。
また机に戻って、残りをたいらげた。牛丼もサラダも卵スープも、きれいになくなった。
「ごちそうさまでした」
作るのは三十分かかったのに、食べるのは十分もかからなかった。あっという間になくなっちまった。
「あー、もうなくなっちゃったな」
「はい、お腹いっぱいです」
向かいで理人がニコニコしながら皿を重ねてる。まあ、腹いっぱいならそれでいいか。
ふと、俺が理人くらいだった頃のことを思い出した。たらふく食べて、ごちそうさまを言うと、母親が「よく食べました」と返事をした。作るより食べるほうがずっと楽で、すぐ終わっちゃうけど、見てた母親は、きっとこんな満足感を味わってたのかもしれない。
「うまかったなあ」
「おいしかったです。そういえば冷蔵庫に焼き肉のタレ入ってましたよね」
「うん、葵が置いてった」
「じゃあ、残ってる肉で焼き肉丼できますね」
「マジか。明日やろう。あとプリンあるから一個食っていいよ。それも葵が置いていったやつ」
「ありがとうございます!」
二人で片付けして、それぞれ宿題と課題をしながらプリンを食った。三個入りのやつで、一個は持ってきたときに葵が食べていった。
「今度、うちからお米持ってきます」
「なんで?」
「母が、しょっちゅうごはん食べさせてもらってるから、現物支給するそうです」
「なるほど?」
そういうことなら、ありがたくいただこう。なんやかんやで、理人と葵は週に何回かうちで飯を食ってる。
特に葵はうちによってから塾に行ったり、遅くなるときはうちで飯を食って親の迎えを待つこともある。てか、今時の小学生忙しすぎない?
宿題を終えた理人が、玄関で水に浮かべたバラの蕾をのぞき込んだ。
「これ、なんですか?」
「バラの蕾。剪定で落としたのをもらってきた。葵にアレンジとかブーケの作り方を教えるのに使おうと思って」
「へー。作ったらどうするんですか?」
「実家の店で売ろっかな。アウトレット価格で」
「……僕も欲しいので、お店の場所教えてください」
「わかった。あとで住所送る」
理人が帰って、俺は実家の住所をメッセージで送った。
昼間ブーケを欲しがってた女子より、理人のほうがよっぽどスマートに近づいてくる。この差は下心があるかどうか、かな。
仲良くなりたいという気持ちは同じなのに、恋愛感情が含まれただけで下心と言われちまうのは可哀想な気もするけど。
日曜日、花屋のカウンターで葵とミニブーケを作っていたら理人がやってきた。
「理人だ。オススメはそこの菊の花束だよ」
「なんで仏花勧めんだよ。おかしいだろ」
「じゃあ、そっちのユリ」
「小学生が買える値段じゃねえだろ。作ったやつにリボン巻いてろ」
威嚇している葵に、ブーケ用のリボンを押し付けた。店の外に、葵と作ったミニブーケを一個数百円で置いてあるから、そこに理人を連れて行く。
「あの水に浮かんでたやつが、商品になってるんですね」
「そんな大袈裟なもんじゃねえよ。何か欲しいのあった?」
「じゃあ、これ」
「お、見る目あんね」
理人が選んだのは、葵が最初に作ったやつだった。不格好だったのを、売り物にできるくらいまで頑張って仕上げたもの。
「かっこいいじゃないですか、これ」
「ね。俺もそう思うよ」
お金をもらって、ビニールで巻いて渡す。世話の仕方を話してたら、葵が顔を出した。
「藤乃くん、全部リボン巻いたよ。……え、理人、それ買ったの?」
「うん。これが一番よかったから」
「そっか」
葵は素っ気なく言って、店の奥に戻っていった。途中、足を滑らせて転びかけたけど、なんとか立て直して歩いてった。
「藤乃さんは」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです。ブーケ、ありがとうございました」
「いーえ。これからもご贔屓に」
手を振って理人を見送る。店に戻ったら、葵の姿はなくて、代わりに母親が花を運び込んでた。
「葵は?」
「真っ赤になって走ってった」
「さっき、葵が作ったブーケが初めて売れたんだ」
「ああ、だから」
母親はニコニコして花を水につけている。俺も店の裏に出て、花を運ぶ。ついでに、裏口の横でしゃがみ込んで顔を押さえてた葵の隣に、ペットボトルのお茶を置いておいた。
「合コンするから、藤乃も来いよ」
「いかねえ」
会話は三秒で終了。
天気のいい平日の昼間。
広々とした学内の庭園でバラの世話をしている。バラの匂いが広がって、しっとりした空気があったかくて気持ちいい。
「ジメジメしてやだなー!」
「あっちいしな!」
「わ、トゲ刺さった!」
「うるせえよ……」
近くで作業している野郎どもがうるさくて仕方ない。珍しい品種や改良中のバラもあって、見てるだけでも楽しいけど、自分で触れるとさらにテンション上がる。
……一人でやりたかった!
「剪定した蕾は持って帰ってもいいってさ」
「いや、いらんだろ」
「ばっか、女の子に上げるんだよ!!」
そんな声が反対の通路から聞こえる。マジか。持てるだけ持って帰ろう。小さいやつがいいな。実家で捨てる花と合わせて、葵にミニブーケとかドライフラワーの作り方を教えるのに使いたい。サシェにしてもいいな……。
パチパチと鋏を動かす。先生がビニール袋をくれたから、落とした蕾を入れていく。
「お前、そんなに持って帰ってどうすんの」
「考え中。茎が長いやつはブーケかドライフラワーにして……短いのはサシェかな」
「なんそれ、ガチ勢?」
「なんのガチ勢なんだよ……」
俺が集めてるのを見て、うるさかった男子たちも、自分の担当のバラの蕾をくれた。やった。これだけあれば、バラのリースも作れそう。
汗で落ちてきたメガネを直す。リース、二個は作れそうだな。
「ブーケ作ってどうするの?」
いつの間にか、女子もやってきて俺の手元を覗き込んでいた。
「どうしよっかな。作るのが目的で、作ったあとは考えてない」
実家の店の隅で売らせてもらうか……試作は葵にやるとして、あとはどうすっかなあ。
「……できたら、須藤くんが作ったバラのブーケほしいなぁ」
「は?」
同じクラスのなんとかさんが、頬を染めて見上げていた。意味わからん。
「自分で作れば?」
「えっ」
「お、袋いっぱいじゃん。バラありがと。助かるわ」
袋を抱え直して歩き出す。先生に鋏を返して校舎に向かう。後ろからバタバタと足音が聞こえた。
「おっまえ、可哀想だろうが!」
追いかけてきた何人かに怒られる。やっぱあれ、そういうこと? 断って正解だった。
「えー、やだよ、気を持たすみたいなことすんの……」
「かわいかったじゃん!」
「背ちっちゃいし、図々しくてヤダ。でも両手いっぱいにバラの花束持ってきて、『一緒に育てよう!』って言われたら惚れるかも」
「なんでだよ……」
「なんでだろうな?」
たしかに、自分で言っておいて意味わかんねぇな。たぶん、他力本願じゃなくて「一緒に頑張ろう」って言ってくれたら嬉しいんだよな。
何もできない俺だから、手を引っ張って、一緒にやってくれる子、いないかなあ。身長が俺と同じくらいなら、もっと嬉しいな……。
帰宅してバラの蕾を水につけてから、スーパーに向かう。何食おうかな……。満足感があって、腹が膨れて、肉がいいな、あとは……。
「牛丼屋だ」
スーパーのちょい先の牛丼屋から、うまそうな匂いがしてきた。よし、牛丼にしよう。フラフラ吸い寄せられたけど、看板を見て我に返る。
「高えな」
ごはん大盛りにしたいけど、ますます高くなる。サラダや味噌汁なんかつけてらんない。んー……。
「藤乃さん!」
「おお、理人だ」
呼ばれて振り返ると、ニコニコした理人が駆け寄ってきた。
「牛丼ですか?」
「うん。でも高いから悩んでた」
「作ればいいんじゃないですか? ちょうど藤乃さんの部屋に行くところだったのでご一緒します」
「理人はかしこいな」
「作り方、調べましょう」
理人がスマホを取り出してススッと指を滑らせる。
「えっと、牛肉とたまねぎがあればできそうです」
二人で理人のスマホをのぞき込む。
「生姜かあ」
「チューブのがありますよ」
「なるほど」
スーパーでタマネギをカゴに入れる。ついでにカットレタスも追加。砂糖と醤油は家にある。酒とみりんはないなあ。
「調理酒と清酒って何が違うんだ? 本みりんとみりんタイプもさ……」
「AIに聞いてみましょう」
またもや二人で理人のスマホを覗き込む。AIアプリに聞いてみる。答えはすぐに返ってきた。
「ふうん? ところでこれ、あってる?」
「え、違うことがあるんですか?」
「めっちゃあるよ。AIってさ、笑っちゃうくらい嘘つくときあるから、論文とかには使えねぇんだ」
「そうなんだ……」
とはいえ、AIが教えてくれた酒やみりんの成分とアルコール度数なんかはあってるから、そんなに的外れでもない気がする。なにより、現状他に確認手段がない。
「とりあえず今は、安いし調理酒とみりんタイプの小さいやつでいっか」
生姜もチューブを発見して、最後に牛肉を買えば買い物は終わり。牛肉も種類があって悩んだけど、とりあえず安いのを買った。
帰宅してから、まずはごはんを炊く。早炊きにすれば三十分くらいで炊ける。炊飯器と無洗米っていう文明の利器なしじゃ、もう生きてけない。
理人がタマネギと牛肉を切ってくれたので、俺は鍋(百均で買った。フタ付きで五百円)に調味料を入れる。たくさん作ったら、しばらく食えるのでは? とも思ったけど、単純に倍でいいのかわからなかったから、今回はレシピ通り二人前作る。
「鍋にタマネギ入れていいですか?」
「いいよ」
火にかけて、ときどき混ぜる。
「あ、理人スマホ持ってるだろ。連絡先教えとけよ」
「いいんですか? お願いします」
俺の少ない連絡先が一つ増えた。
家族と葵と瑞希、あとは同じクラスの男子とか実習用のグループくらい。そんなもんな気もする。念のため、アドレス帳以外は拒否の設定にしている。SNSも全部そうだし、全部鍵かけてる。先日、鈴美が部屋の前にいたときからそうしている。
タマネギが透き通ってきたので牛肉を入れる。あっという間に火が通る。
おお、うまそう! って顔上げたら、理人がまな板と包丁を洗ってた。……ほんと、しっかりしてるな、こいつ。
「あ、この間家庭科で卵スープ作ったんです。作っていいですか?」
「いいけど、もう鍋ねえよ」
「フライパンでいいですよ」
理人はフライパンに水をじゃあじゃあ流して、火にかける。この前持ってきたうま味調味料と、塩と醤油を入れる。冷蔵庫から卵を出し、溶く。沸いた湯に卵を流したら完成。
「……お前、手際いいな」
「家でも作りました。宿題で出たので」
なるほどと頷いたところで、ごはんが炊けた。
丼にごはんをよそって、牛丼を乗せる。
「理人の丼、ねえな」
「僕のは牛皿にします」
「はいよ」
「サラダ出しますね」
「ドレッシングねえな。マヨネーズかけて」
「わかりました」
理人と一緒に茶碗とお椀を出して、ごはんとスープをよそった。肉も乗せて机に運ぶ。気づけば、葵の分も含めて三人分の食器がうちにある。
全部運んで、理人と向い合って手を合わせた。
「いただきます」
汁をすすり、レタスをかじる。丼に箸を突入れて、肉とごはんを同じくらいすくう。甘辛い肉と、下に隠れてた柔らかいタマネギ、それにごはんが混ざる。
「うめえな!」
「はい、おいしいです!」
二人で黙々と食べ続けた。紅しょうががなかったけど、このためだけに買うのもなあ。そうだ、理人のばあちゃんがくれた生姜の佃煮があったっけ。
「これ、合うかなあ」
「乗せてみましょう」
「……これはこれで」
「悪くないです」
ごはんが足りない。お代わりを盛っていると、理人も茶碗を持って並びにくる。
「肉、もうちょい食う?」
「ちょっと」
「なら、乗せちゃえよ」
「そうします」
理人の茶碗のごはんに牛丼を乗せ、自分の分も少し追加する。それで作った分がなくなった。
また机に戻って、残りをたいらげた。牛丼もサラダも卵スープも、きれいになくなった。
「ごちそうさまでした」
作るのは三十分かかったのに、食べるのは十分もかからなかった。あっという間になくなっちまった。
「あー、もうなくなっちゃったな」
「はい、お腹いっぱいです」
向かいで理人がニコニコしながら皿を重ねてる。まあ、腹いっぱいならそれでいいか。
ふと、俺が理人くらいだった頃のことを思い出した。たらふく食べて、ごちそうさまを言うと、母親が「よく食べました」と返事をした。作るより食べるほうがずっと楽で、すぐ終わっちゃうけど、見てた母親は、きっとこんな満足感を味わってたのかもしれない。
「うまかったなあ」
「おいしかったです。そういえば冷蔵庫に焼き肉のタレ入ってましたよね」
「うん、葵が置いてった」
「じゃあ、残ってる肉で焼き肉丼できますね」
「マジか。明日やろう。あとプリンあるから一個食っていいよ。それも葵が置いていったやつ」
「ありがとうございます!」
二人で片付けして、それぞれ宿題と課題をしながらプリンを食った。三個入りのやつで、一個は持ってきたときに葵が食べていった。
「今度、うちからお米持ってきます」
「なんで?」
「母が、しょっちゅうごはん食べさせてもらってるから、現物支給するそうです」
「なるほど?」
そういうことなら、ありがたくいただこう。なんやかんやで、理人と葵は週に何回かうちで飯を食ってる。
特に葵はうちによってから塾に行ったり、遅くなるときはうちで飯を食って親の迎えを待つこともある。てか、今時の小学生忙しすぎない?
宿題を終えた理人が、玄関で水に浮かべたバラの蕾をのぞき込んだ。
「これ、なんですか?」
「バラの蕾。剪定で落としたのをもらってきた。葵にアレンジとかブーケの作り方を教えるのに使おうと思って」
「へー。作ったらどうするんですか?」
「実家の店で売ろっかな。アウトレット価格で」
「……僕も欲しいので、お店の場所教えてください」
「わかった。あとで住所送る」
理人が帰って、俺は実家の住所をメッセージで送った。
昼間ブーケを欲しがってた女子より、理人のほうがよっぽどスマートに近づいてくる。この差は下心があるかどうか、かな。
仲良くなりたいという気持ちは同じなのに、恋愛感情が含まれただけで下心と言われちまうのは可哀想な気もするけど。
日曜日、花屋のカウンターで葵とミニブーケを作っていたら理人がやってきた。
「理人だ。オススメはそこの菊の花束だよ」
「なんで仏花勧めんだよ。おかしいだろ」
「じゃあ、そっちのユリ」
「小学生が買える値段じゃねえだろ。作ったやつにリボン巻いてろ」
威嚇している葵に、ブーケ用のリボンを押し付けた。店の外に、葵と作ったミニブーケを一個数百円で置いてあるから、そこに理人を連れて行く。
「あの水に浮かんでたやつが、商品になってるんですね」
「そんな大袈裟なもんじゃねえよ。何か欲しいのあった?」
「じゃあ、これ」
「お、見る目あんね」
理人が選んだのは、葵が最初に作ったやつだった。不格好だったのを、売り物にできるくらいまで頑張って仕上げたもの。
「かっこいいじゃないですか、これ」
「ね。俺もそう思うよ」
お金をもらって、ビニールで巻いて渡す。世話の仕方を話してたら、葵が顔を出した。
「藤乃くん、全部リボン巻いたよ。……え、理人、それ買ったの?」
「うん。これが一番よかったから」
「そっか」
葵は素っ気なく言って、店の奥に戻っていった。途中、足を滑らせて転びかけたけど、なんとか立て直して歩いてった。
「藤乃さんは」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです。ブーケ、ありがとうございました」
「いーえ。これからもご贔屓に」
手を振って理人を見送る。店に戻ったら、葵の姿はなくて、代わりに母親が花を運び込んでた。
「葵は?」
「真っ赤になって走ってった」
「さっき、葵が作ったブーケが初めて売れたんだ」
「ああ、だから」
母親はニコニコして花を水につけている。俺も店の裏に出て、花を運ぶ。ついでに、裏口の横でしゃがみ込んで顔を押さえてた葵の隣に、ペットボトルのお茶を置いておいた。