大学生の須藤藤乃が小学生二人とごはんを食べる話
第8話 ファミレスのサラダとエビフライ
今朝は水やり当番で、いつもより早く学校に来た。同じ班の連中が寝ぼけた顔でやってくる。
花壇と畑に水をまいて、汗をぬぐう。ホースで虹を作ったり、鳥に水をかけようとして逃げられたり。
一通り終えて顔を拭き、メガネを直す。朝日が眩しい。
「帰って寝直してえな」
ついボヤくと、「わかるー」と周りから声が上がる。
「でも俺、今日五限まであるんだよ」
「つれえな」
「昼のあとがきついんだよ」
「造園史?」
「むり、絶対寝る……」
ぞろぞろと連れ立って校舎に向かう。
洗い流したはずの汗が、また溢れてきて首筋を伝った。
放課後、学校の帰り道で見慣れた背中を見つけた。
葵が、同じくらいの年の女の子たちと楽しそうに歩いていた。まあ、当たり前か。六年生にもなれば、友達と出かけたりもするだろう。
邪魔したくなくて、回り道して帰る。
今度は理人がいた。理人も友達らしき男の子たちと、楽しそうにはしゃいで歩いている。
うちに来るときは大人びた話し方をする理人が、同世代とはしゃいでいるのは、ちょっと新鮮だった。
気づかれないように、道の端をそっと歩いてすれ違う。
アパートの入り口で、なんとなく階段を見上げた。真ん中の段だけ、板が綺麗になっている。
「……俺も、飯食いに行こうかな」
スマホを取り出して、アドレスの一番下の名前を押した。
「あ、もしもし、瑞希? 今空いてる?」
「二時間後なら空いてる。何?」
「たまには飯食いに行こうかと思って」
「いいよ。今手が離せないから、二時間後くらいに連絡する」
「わかった」
プツッと通話が切れた。
綺麗な段を飛ばして階段を上がり部屋に入る。待ち時間に、麦茶を飲みつつ課題を片づける。
二時間も経たないうちに、瑞希から電話がきた。車で迎えに来てくれた瑞希と、ちょっと離れたショッピングモールにへ向かった。
「久しぶりに来たな」
モールは広くて、歩くだけでつい目移りする。
「藤乃は相変わらずボッチ野郎なん?」
「そんなことはない……なくもない……。なんか、小学生にばっか構われてて、どうかと思ったんだよ」
「なんだそれ」
不思議そうな顔の瑞希に、歩きながら理人と葵のことを話す。さっき、二人がそれぞれの友達と歩いていた話も。
瑞希は聴き終えると、「ふうん」と、どうでも良さそうに頷く。
「あ、靴屋見ていい?」
「俺も見る」
いつも汚れてもいい靴ばっか買っちゃうけど、靴屋にあるかっこいいスポーツ用のもいいな。……買わないけど。土まみれになって、すぐダメになりそう。
「あのパーカーほしいな」
「藤乃、似たようなの着てるじゃん」
「裾の泥が落ちないんだよ。あと袖が擦り切れてきたし」
「あれよりさ、こっちの色の方が似合う」
「そうかなあ」
「藤乃はすぐ地味な服選ぶから」
「そ、そんなことねえよ……たぶん」
悩んだ末に、瑞希に勧められたカーディガンを買った。外で実習を受けているときは暑いけど、その後教室で汗が引くと寒い。薄手のカーディガンなら、着ないときはカバンに入れておける。
それにデザインがゆるいから、これ着たらヒョロガリメガネ感なくならいかな。いや、メガネは変わんないんだけど。
「ワイドパンツ流行ってるけど、似合う気がしねえよ」
「そうかな、藤乃は背が高いから、むしろ似合うんじゃん?」
「瑞希は? あー、太く見えるのか」
「そうそう。太ももに筋肉がつきすぎて、ごっつく見えるんだよな」
だらだら見て回って、最後に本屋へ。庭造りとか草木のコーナーを覗いて、庭園の写真集も立ち読みする。カラー診断や色合わせの本もめくって、流行りの色や組み合わせをチェックしておく。
本棚の間をうろついていたら、瑞希が苦笑いしていた。
「藤乃は、なんつーか、真面目だよなあ」
「そうかなあ」
「ずっと草花のこと考えてる」
「他に、考えることがねえからな」
なんか、あるかな。他に……ないなあ。
「なんかある? 他に楽しいことさ」
「このマンガおもしろいよ」
「じゃあ、一巻買う」
「えっ、じゃあこれも読んで」
なんだかんだで、マンガとか小説を五冊くらい買わされる。一緒に庭園の写真集も買って本屋を出る。
小まめに自炊をしているのと、理人と葵があれこれ差し入れをしてくれること、実家でのバイトの実入りがいいから、財布に余裕がある。だから、こうやって友達と無駄遣いをしても大丈夫。
てか、勧められたマンガも、アレンジおかブーケの参考になる写真集も、無駄遣いじゃないと思うんだけど。どうかなあ。
本屋を出たらちょうどいい時間だったので、そのまま二人でファミレスへ。あれこれ悩んで、ドリンクバーとサラダ、それにハンバーグのセットに決めた。瑞希はミックスグリル。
「サラダ?」
「うん。たまに食いたくならん?」
「……わからんでもない。一口ちょうだい」
「いいよ。……って、一口でっか! 半分くらいなくなったじゃねえか!」
瑞希はもしゃもしゃしながら、ミックスグリルの皿をこっちに押す。
「エビフライやるよ」
「えっ、メインじゃん」
「タルタルソースがまずかったから、いらない」
「ワガママかよ……」
ダラダラしゃべりながら食べ続ける。ドリンクバーでモクテル作ったり、デザート全部頼んで、デザート食べ放題したり。
「あー、苦しい」
「さすがに全部は多かったなあ」
お腹をさすりながらファミレスを出た。
「そろそろ帰るか」
「おー。あ、帰り運転する」
「じゃ、お願いしよっかな」
瑞希から鍵を受け取る。外はすっかり夜で、道路沿いの街灯の光が流れ星みたいに流れていく。
アパートの前に車を止めて、荷物を抱えて降りる。
「ありがと、付き合ってもらっちゃって」
そう言いながら、運転席に移る瑞希を見送った。
「いいよ。俺も久しぶりに遊べたし、服と靴も欲しかったしさ」
「俺も久しぶりだわ、こんなに買い物したの。最近食いもんばっか買ってたわ」
「生活力がついたんだろ。いいことじゃん」
瑞希はシートベルトを締めてエンジンをかける。「じゃあ、また」と軽く手を振って、車は走り去っていった。
俺は荷物を提げて階段を上がる。今夜はなんとなく、一段飛ばさずに最後まで上がった。
部屋に戻ってシャワーを浴びて、買ってきた服を洗濯機に突っ込む。洗濯を待ちながら、瑞希にすすめられたマンガを読んでみる。
「……おもしろいな、これ」
一巻を読み終えたらスマホを出してきて、マンガのタイトルで検索する。あと五冊出ているらしい。財布の中身と、ネットバンクの残高を確認する。カレンダーと冷蔵庫の中身もチェック。……いけなくも、ないな?
米はまだあるし、理人のばあちゃんがくれた漬物もたくさんある。肉と野菜もたくさんじゃないけど、今週分くらいはある。給料と仕送りまであと二週間。
ふと気がついて、本棚をあさると、子供の頃にお年玉でもらった図書カードが出てきた。
「一、二、三……けっこうあるなあ。学校の売店で使えるかな。教科書、これで買っときゃ良かった……」
教科書代って馬鹿になんないし、教科書だけじゃなくて、資料とかいって教授の著書とか買わされるし。
とにかく、マンガの続きは買えそうだ。明日、本屋に行こう。
洗濯機がピーピーと鳴る。本を片付けて、立ち上がった。
翌日の休み時間、昨日買ってきた庭園の写真集をめくっていた。すごいんだ、これが。こういうのを見ると、色合わせや種類はもちろん、草木の相性や、茎の高さ、花の奥行きなんかもわかるし、どう置いたら見栄えがいいか、育ちやすいかも見えてくる。
「何見てんの? うわ、真面目」
同じ班の男子が覗き込んで、すぐに引いた。
「こんなに楽しいのに」
「真面目なんじゃなくて変態だったわ」
「うるせえよ。だって、自分で植えたりアレンジ作るときに、こんなふうに原色並べようなんて思わねえもん。それがこんなにまとまるの、すげえなあ」
「……わからんでもねえけど。藤乃、地味だから」
「地味かなあ」
マジか。昨日、瑞希にも言われたわ。気にしたこともなかったけど、そいつは俺の服をマジマジと上から下まで眺める。
「今日はそうでもないな」
「そう?」
今日は昨日、瑞希が選んだ薄い紫のカーディガンと、悩んだ末に買ってしまった黒いワイドパンツを履いてきた。シャツは元から持ってた白っぽいやつ。
「ムカつくことに、藤乃は背が高いから、何着てても似合う」
「ええ……」
「なのに、いっつも地味な服だよね、須藤くん」
気づいたら、女子も何人か近くに座っていた。鈴美に似た小柄な子はいなくて、ちょっとホッとする。
「もしかしてそれ、彼女に選んでもらった?」
「だから、彼女とかいねえって。現在絶賛募集中。身長170センチ以上で、ハイヒール履いて俺よりデカくなる子、な」
「教育学部に大きい子いたよ」
「キャンパス、めっちゃ遠いだろ」
「そうでもないよ。県内だし」
「その子、たしか母校の先生狙ってるって言ってたよ」
「えー、残念」
女子は女子で勝手に騒ぎだす。
そっか……地味だったのか。今度、葵に服見てもらおうかな。……いや、ここでまた小学生に頼ろうとすんのが、もうダメなのかも。
一日の授業を終えて学校を出る。
今日は家と反対にある駅に向かう。駅前はそこそこ賑やかで、ファミレスやカラオケ、それに駅ビルには本屋と花屋も入っている。
花屋を外からうかがって品揃えを確認する。駅前だから、小さめのブーケとかアレンジが多い。小洒落た花瓶なんかも置いてある。
「贈り物ですか?」
「え、あ、そういうわけじゃ……」
「ご相談にも乗りますので、ゆっくり見ていってくださいね」
店員に笑顔で声をかけられて、つい挙動不審になってしまった。でも、親以外が作ったブーケを見るのは久しぶりで、ちょっと楽しい。
「最近、人気があるのってどれですか?」
「そうですねえ。アジサイや、大ぶりの花が人気ですね。流行りのくすみカラーでインパクトもありますし。ユーカリを合わせると香りも楽しめますよ。あとは季節を先取りしてヒマワリなんかも出始めてますよ。こちらは小ぶりなものを気軽に贈るのにオススメです。一輪挿しとセットで贈られる方もいらっしゃいますね。グリーンを足すなら……」
店員は丁寧に説明してくれる。実家とは違うタイプの花屋だけど、そのぶん流行に敏感で、説明もわかりやすく丁寧だった。
あれこれ教えてもらって、けっきょく、小さなブーケを買ってしまった。どうしよう。うちに花瓶とかないけど。あ、百均で買えばいいか。
駅ビルに入ってる百均で小さい花瓶を買って、今度こそ本屋に向かう。
瑞希に教えてもらったマンガの続きを買って帰る。
数日後。差し入れを持ってきた葵が花瓶に活けられたブーケを見て首を傾げた。
「これ、どしたの?」
「買った」
「なんで?」
「なんでって」
課題の教科書をめくりながら、駅前の花屋に行った話をすると、葵はなぜか頬を膨らませた。
「ふうん。藤乃くんが勉強熱心なのは知ってるけどさ。なんか面白くないな」
「なんだよ、それ」
意味わかんねえな。でも、かわいい弟子をふくれたままにしとくのも大人げない。
「じゃあ、今度俺が飾りたくなるようなブーケ作ってくれよ。また土曜日に花屋にいるからさ」
「わかった。朝から行く」
頷くと、葵は俯いて宿題を再開した。たまに教えてやったり、雑談したり。
しばらくして宿題を終えたらしい葵が、本棚を指差した。
「ねえ、あんなマンガ、前からあったっけ?」
「おもしろかったから買った」
「ふうん……読んでいい?」
「いいよ」
葵は勝手に麦茶を入れて、マンガを読みながらチマチマ飲んでいる。俺はその向かいで、レポートをカタカタ打っていた。
「あとさ」
「んー……」
「そのカーディガン、似合うね」
「よく言われる。……てか俺、地味かな」
「……まあ、服は、そうだね」
葵は視線をマンガに戻しながら言う。そっか……やっぱり地味なのか。
「最近、やたら言われんだよ。気にしてなかったけどさ、ちょっと服選んでくんない?」
「いいけどさ。カーディガンは誰が選んだの?」
「瑞希。あー、友達」
「女?」
「男」
「じゃあ、今度行こう。でも誰かに見られて何か言われたらムカつくから、買い物中はお兄ちゃんって呼ぶね」
「悪いな、情けない兄貴で」
「私はそんなこと、一回も思ったことないよ」
葵はやっぱりマンガから顔を上げずに言った。妹がいたら、こんな感じなのかもな。
レポートができあがったころ、葵もマンガを読み終えて、一緒にごはんを食べた。台所を片付けたら、葵を家まで送って一人で戻る。
「……もうちょい、人と話したほうがいいな」
瑞希と買い物したの楽しかったし、花屋のお姉さんにあれこれ聞いたのも、意外と楽しかった。
俺はたぶん、もうちょい他人と話して世界を広げたほうがいい。広げても、ちゃんと帰る場所があるみたいだし。
花壇と畑に水をまいて、汗をぬぐう。ホースで虹を作ったり、鳥に水をかけようとして逃げられたり。
一通り終えて顔を拭き、メガネを直す。朝日が眩しい。
「帰って寝直してえな」
ついボヤくと、「わかるー」と周りから声が上がる。
「でも俺、今日五限まであるんだよ」
「つれえな」
「昼のあとがきついんだよ」
「造園史?」
「むり、絶対寝る……」
ぞろぞろと連れ立って校舎に向かう。
洗い流したはずの汗が、また溢れてきて首筋を伝った。
放課後、学校の帰り道で見慣れた背中を見つけた。
葵が、同じくらいの年の女の子たちと楽しそうに歩いていた。まあ、当たり前か。六年生にもなれば、友達と出かけたりもするだろう。
邪魔したくなくて、回り道して帰る。
今度は理人がいた。理人も友達らしき男の子たちと、楽しそうにはしゃいで歩いている。
うちに来るときは大人びた話し方をする理人が、同世代とはしゃいでいるのは、ちょっと新鮮だった。
気づかれないように、道の端をそっと歩いてすれ違う。
アパートの入り口で、なんとなく階段を見上げた。真ん中の段だけ、板が綺麗になっている。
「……俺も、飯食いに行こうかな」
スマホを取り出して、アドレスの一番下の名前を押した。
「あ、もしもし、瑞希? 今空いてる?」
「二時間後なら空いてる。何?」
「たまには飯食いに行こうかと思って」
「いいよ。今手が離せないから、二時間後くらいに連絡する」
「わかった」
プツッと通話が切れた。
綺麗な段を飛ばして階段を上がり部屋に入る。待ち時間に、麦茶を飲みつつ課題を片づける。
二時間も経たないうちに、瑞希から電話がきた。車で迎えに来てくれた瑞希と、ちょっと離れたショッピングモールにへ向かった。
「久しぶりに来たな」
モールは広くて、歩くだけでつい目移りする。
「藤乃は相変わらずボッチ野郎なん?」
「そんなことはない……なくもない……。なんか、小学生にばっか構われてて、どうかと思ったんだよ」
「なんだそれ」
不思議そうな顔の瑞希に、歩きながら理人と葵のことを話す。さっき、二人がそれぞれの友達と歩いていた話も。
瑞希は聴き終えると、「ふうん」と、どうでも良さそうに頷く。
「あ、靴屋見ていい?」
「俺も見る」
いつも汚れてもいい靴ばっか買っちゃうけど、靴屋にあるかっこいいスポーツ用のもいいな。……買わないけど。土まみれになって、すぐダメになりそう。
「あのパーカーほしいな」
「藤乃、似たようなの着てるじゃん」
「裾の泥が落ちないんだよ。あと袖が擦り切れてきたし」
「あれよりさ、こっちの色の方が似合う」
「そうかなあ」
「藤乃はすぐ地味な服選ぶから」
「そ、そんなことねえよ……たぶん」
悩んだ末に、瑞希に勧められたカーディガンを買った。外で実習を受けているときは暑いけど、その後教室で汗が引くと寒い。薄手のカーディガンなら、着ないときはカバンに入れておける。
それにデザインがゆるいから、これ着たらヒョロガリメガネ感なくならいかな。いや、メガネは変わんないんだけど。
「ワイドパンツ流行ってるけど、似合う気がしねえよ」
「そうかな、藤乃は背が高いから、むしろ似合うんじゃん?」
「瑞希は? あー、太く見えるのか」
「そうそう。太ももに筋肉がつきすぎて、ごっつく見えるんだよな」
だらだら見て回って、最後に本屋へ。庭造りとか草木のコーナーを覗いて、庭園の写真集も立ち読みする。カラー診断や色合わせの本もめくって、流行りの色や組み合わせをチェックしておく。
本棚の間をうろついていたら、瑞希が苦笑いしていた。
「藤乃は、なんつーか、真面目だよなあ」
「そうかなあ」
「ずっと草花のこと考えてる」
「他に、考えることがねえからな」
なんか、あるかな。他に……ないなあ。
「なんかある? 他に楽しいことさ」
「このマンガおもしろいよ」
「じゃあ、一巻買う」
「えっ、じゃあこれも読んで」
なんだかんだで、マンガとか小説を五冊くらい買わされる。一緒に庭園の写真集も買って本屋を出る。
小まめに自炊をしているのと、理人と葵があれこれ差し入れをしてくれること、実家でのバイトの実入りがいいから、財布に余裕がある。だから、こうやって友達と無駄遣いをしても大丈夫。
てか、勧められたマンガも、アレンジおかブーケの参考になる写真集も、無駄遣いじゃないと思うんだけど。どうかなあ。
本屋を出たらちょうどいい時間だったので、そのまま二人でファミレスへ。あれこれ悩んで、ドリンクバーとサラダ、それにハンバーグのセットに決めた。瑞希はミックスグリル。
「サラダ?」
「うん。たまに食いたくならん?」
「……わからんでもない。一口ちょうだい」
「いいよ。……って、一口でっか! 半分くらいなくなったじゃねえか!」
瑞希はもしゃもしゃしながら、ミックスグリルの皿をこっちに押す。
「エビフライやるよ」
「えっ、メインじゃん」
「タルタルソースがまずかったから、いらない」
「ワガママかよ……」
ダラダラしゃべりながら食べ続ける。ドリンクバーでモクテル作ったり、デザート全部頼んで、デザート食べ放題したり。
「あー、苦しい」
「さすがに全部は多かったなあ」
お腹をさすりながらファミレスを出た。
「そろそろ帰るか」
「おー。あ、帰り運転する」
「じゃ、お願いしよっかな」
瑞希から鍵を受け取る。外はすっかり夜で、道路沿いの街灯の光が流れ星みたいに流れていく。
アパートの前に車を止めて、荷物を抱えて降りる。
「ありがと、付き合ってもらっちゃって」
そう言いながら、運転席に移る瑞希を見送った。
「いいよ。俺も久しぶりに遊べたし、服と靴も欲しかったしさ」
「俺も久しぶりだわ、こんなに買い物したの。最近食いもんばっか買ってたわ」
「生活力がついたんだろ。いいことじゃん」
瑞希はシートベルトを締めてエンジンをかける。「じゃあ、また」と軽く手を振って、車は走り去っていった。
俺は荷物を提げて階段を上がる。今夜はなんとなく、一段飛ばさずに最後まで上がった。
部屋に戻ってシャワーを浴びて、買ってきた服を洗濯機に突っ込む。洗濯を待ちながら、瑞希にすすめられたマンガを読んでみる。
「……おもしろいな、これ」
一巻を読み終えたらスマホを出してきて、マンガのタイトルで検索する。あと五冊出ているらしい。財布の中身と、ネットバンクの残高を確認する。カレンダーと冷蔵庫の中身もチェック。……いけなくも、ないな?
米はまだあるし、理人のばあちゃんがくれた漬物もたくさんある。肉と野菜もたくさんじゃないけど、今週分くらいはある。給料と仕送りまであと二週間。
ふと気がついて、本棚をあさると、子供の頃にお年玉でもらった図書カードが出てきた。
「一、二、三……けっこうあるなあ。学校の売店で使えるかな。教科書、これで買っときゃ良かった……」
教科書代って馬鹿になんないし、教科書だけじゃなくて、資料とかいって教授の著書とか買わされるし。
とにかく、マンガの続きは買えそうだ。明日、本屋に行こう。
洗濯機がピーピーと鳴る。本を片付けて、立ち上がった。
翌日の休み時間、昨日買ってきた庭園の写真集をめくっていた。すごいんだ、これが。こういうのを見ると、色合わせや種類はもちろん、草木の相性や、茎の高さ、花の奥行きなんかもわかるし、どう置いたら見栄えがいいか、育ちやすいかも見えてくる。
「何見てんの? うわ、真面目」
同じ班の男子が覗き込んで、すぐに引いた。
「こんなに楽しいのに」
「真面目なんじゃなくて変態だったわ」
「うるせえよ。だって、自分で植えたりアレンジ作るときに、こんなふうに原色並べようなんて思わねえもん。それがこんなにまとまるの、すげえなあ」
「……わからんでもねえけど。藤乃、地味だから」
「地味かなあ」
マジか。昨日、瑞希にも言われたわ。気にしたこともなかったけど、そいつは俺の服をマジマジと上から下まで眺める。
「今日はそうでもないな」
「そう?」
今日は昨日、瑞希が選んだ薄い紫のカーディガンと、悩んだ末に買ってしまった黒いワイドパンツを履いてきた。シャツは元から持ってた白っぽいやつ。
「ムカつくことに、藤乃は背が高いから、何着てても似合う」
「ええ……」
「なのに、いっつも地味な服だよね、須藤くん」
気づいたら、女子も何人か近くに座っていた。鈴美に似た小柄な子はいなくて、ちょっとホッとする。
「もしかしてそれ、彼女に選んでもらった?」
「だから、彼女とかいねえって。現在絶賛募集中。身長170センチ以上で、ハイヒール履いて俺よりデカくなる子、な」
「教育学部に大きい子いたよ」
「キャンパス、めっちゃ遠いだろ」
「そうでもないよ。県内だし」
「その子、たしか母校の先生狙ってるって言ってたよ」
「えー、残念」
女子は女子で勝手に騒ぎだす。
そっか……地味だったのか。今度、葵に服見てもらおうかな。……いや、ここでまた小学生に頼ろうとすんのが、もうダメなのかも。
一日の授業を終えて学校を出る。
今日は家と反対にある駅に向かう。駅前はそこそこ賑やかで、ファミレスやカラオケ、それに駅ビルには本屋と花屋も入っている。
花屋を外からうかがって品揃えを確認する。駅前だから、小さめのブーケとかアレンジが多い。小洒落た花瓶なんかも置いてある。
「贈り物ですか?」
「え、あ、そういうわけじゃ……」
「ご相談にも乗りますので、ゆっくり見ていってくださいね」
店員に笑顔で声をかけられて、つい挙動不審になってしまった。でも、親以外が作ったブーケを見るのは久しぶりで、ちょっと楽しい。
「最近、人気があるのってどれですか?」
「そうですねえ。アジサイや、大ぶりの花が人気ですね。流行りのくすみカラーでインパクトもありますし。ユーカリを合わせると香りも楽しめますよ。あとは季節を先取りしてヒマワリなんかも出始めてますよ。こちらは小ぶりなものを気軽に贈るのにオススメです。一輪挿しとセットで贈られる方もいらっしゃいますね。グリーンを足すなら……」
店員は丁寧に説明してくれる。実家とは違うタイプの花屋だけど、そのぶん流行に敏感で、説明もわかりやすく丁寧だった。
あれこれ教えてもらって、けっきょく、小さなブーケを買ってしまった。どうしよう。うちに花瓶とかないけど。あ、百均で買えばいいか。
駅ビルに入ってる百均で小さい花瓶を買って、今度こそ本屋に向かう。
瑞希に教えてもらったマンガの続きを買って帰る。
数日後。差し入れを持ってきた葵が花瓶に活けられたブーケを見て首を傾げた。
「これ、どしたの?」
「買った」
「なんで?」
「なんでって」
課題の教科書をめくりながら、駅前の花屋に行った話をすると、葵はなぜか頬を膨らませた。
「ふうん。藤乃くんが勉強熱心なのは知ってるけどさ。なんか面白くないな」
「なんだよ、それ」
意味わかんねえな。でも、かわいい弟子をふくれたままにしとくのも大人げない。
「じゃあ、今度俺が飾りたくなるようなブーケ作ってくれよ。また土曜日に花屋にいるからさ」
「わかった。朝から行く」
頷くと、葵は俯いて宿題を再開した。たまに教えてやったり、雑談したり。
しばらくして宿題を終えたらしい葵が、本棚を指差した。
「ねえ、あんなマンガ、前からあったっけ?」
「おもしろかったから買った」
「ふうん……読んでいい?」
「いいよ」
葵は勝手に麦茶を入れて、マンガを読みながらチマチマ飲んでいる。俺はその向かいで、レポートをカタカタ打っていた。
「あとさ」
「んー……」
「そのカーディガン、似合うね」
「よく言われる。……てか俺、地味かな」
「……まあ、服は、そうだね」
葵は視線をマンガに戻しながら言う。そっか……やっぱり地味なのか。
「最近、やたら言われんだよ。気にしてなかったけどさ、ちょっと服選んでくんない?」
「いいけどさ。カーディガンは誰が選んだの?」
「瑞希。あー、友達」
「女?」
「男」
「じゃあ、今度行こう。でも誰かに見られて何か言われたらムカつくから、買い物中はお兄ちゃんって呼ぶね」
「悪いな、情けない兄貴で」
「私はそんなこと、一回も思ったことないよ」
葵はやっぱりマンガから顔を上げずに言った。妹がいたら、こんな感じなのかもな。
レポートができあがったころ、葵もマンガを読み終えて、一緒にごはんを食べた。台所を片付けたら、葵を家まで送って一人で戻る。
「……もうちょい、人と話したほうがいいな」
瑞希と買い物したの楽しかったし、花屋のお姉さんにあれこれ聞いたのも、意外と楽しかった。
俺はたぶん、もうちょい他人と話して世界を広げたほうがいい。広げても、ちゃんと帰る場所があるみたいだし。