大学生の須藤藤乃が小学生二人とごはんを食べる話

第8話 ファミレスのサラダとエビフライ

 今朝は水やり当番で、いつもより早く学校に来た。同じ班の連中が寝ぼけた顔でやってくる。
 花壇と畑に水をまいて、汗をぬぐう。ホースで虹を作ったり、鳥に水をかけようとして逃げられたり。
 一通り終えて顔を拭き、メガネを直す。朝日が眩しい。

「帰って寝直してえな」

 ついボヤくと、「わかるー」と周りから声が上がる。

「でも俺、今日五限まであるんだよ」

「つれえな」

「昼のあとがきついんだよ」

「造園史?」

「むり、絶対寝る……」

 ぞろぞろと連れ立って校舎に向かう。
 洗い流したはずの汗が、また溢れてきて首筋を伝った。

 放課後、学校の帰り道で見慣れた背中を見つけた。
 葵が、同じくらいの年の女の子たちと楽しそうに歩いていた。まあ、当たり前か。六年生にもなれば、友達と出かけたりもするだろう。
 邪魔したくなくて、回り道して帰る。
 今度は理人がいた。理人も友達らしき男の子たちと、楽しそうにはしゃいで歩いている。
 うちに来るときは大人びた話し方をする理人が、同世代とはしゃいでいるのは、ちょっと新鮮だった。
 気づかれないように、道の端をそっと歩いてすれ違う。


 アパートの入り口で、なんとなく階段を見上げた。真ん中の段だけ、板が綺麗になっている。

「……俺も、飯食いに行こうかな」

 スマホを取り出して、アドレスの一番下の名前を押した。

「あ、もしもし、瑞希? 今空いてる?」

「二時間後なら空いてる。何?」

「たまには飯食いに行こうかと思って」

「いいよ。今手が離せないから、二時間後くらいに連絡する」

「わかった」

 プツッと通話が切れた。
 綺麗な段を飛ばして階段を上がり部屋に入る。待ち時間に、麦茶を飲みつつ課題を片づける。


 二時間も経たないうちに、瑞希から電話がきた。車で迎えに来てくれた瑞希と、ちょっと離れたショッピングモールにへ向かった。

「久しぶりに来たな」

 モールは広くて、歩くだけでつい目移りする。

「藤乃は相変わらずボッチ野郎なん?」

「そんなことはない……なくもない……。なんか、小学生にばっか構われてて、どうかと思ったんだよ」

「なんだそれ」

 不思議そうな顔の瑞希に、歩きながら理人と葵のことを話す。さっき、二人がそれぞれの友達と歩いていた話も。
 瑞希は聴き終えると、「ふうん」と、どうでも良さそうに頷く。

「あ、靴屋見ていい?」

「俺も見る」

 いつも汚れてもいい靴ばっか買っちゃうけど、靴屋にあるかっこいいスポーツ用のもいいな。……買わないけど。土まみれになって、すぐダメになりそう。

「あのパーカーほしいな」

「藤乃、似たようなの着てるじゃん」

「裾の泥が落ちないんだよ。あと袖が擦り切れてきたし」

「あれよりさ、こっちの色の方が似合う」

「そうかなあ」

「藤乃はすぐ地味な服選ぶから」

「そ、そんなことねえよ……たぶん」

 悩んだ末に、瑞希に勧められたカーディガンを買った。外で実習を受けているときは暑いけど、その後教室で汗が引くと寒い。薄手のカーディガンなら、着ないときはカバンに入れておける。
 それにデザインがゆるいから、これ着たらヒョロガリメガネ感なくならいかな。いや、メガネは変わんないんだけど。

「ワイドパンツ流行ってるけど、似合う気がしねえよ」

「そうかな、藤乃は背が高いから、むしろ似合うんじゃん?」

「瑞希は? あー、太く見えるのか」

「そうそう。太ももに筋肉がつきすぎて、ごっつく見えるんだよな」

 だらだら見て回って、最後に本屋へ。庭造りとか草木のコーナーを覗いて、庭園の写真集も立ち読みする。カラー診断や色合わせの本もめくって、流行りの色や組み合わせをチェックしておく。
 本棚の間をうろついていたら、瑞希が苦笑いしていた。

「藤乃は、なんつーか、真面目だよなあ」

「そうかなあ」

「ずっと草花のこと考えてる」

「他に、考えることがねえからな」

 なんか、あるかな。他に……ないなあ。

「なんかある? 他に楽しいことさ」

「このマンガおもしろいよ」

「じゃあ、一巻買う」

「えっ、じゃあこれも読んで」

 なんだかんだで、マンガとか小説を五冊くらい買わされる。一緒に庭園の写真集も買って本屋を出る。
 小まめに自炊をしているのと、理人と葵があれこれ差し入れをしてくれること、実家でのバイトの実入りがいいから、財布に余裕がある。だから、こうやって友達と無駄遣いをしても大丈夫。
 てか、勧められたマンガも、アレンジおかブーケの参考になる写真集も、無駄遣いじゃないと思うんだけど。どうかなあ。


 本屋を出たらちょうどいい時間だったので、そのまま二人でファミレスへ。あれこれ悩んで、ドリンクバーとサラダ、それにハンバーグのセットに決めた。瑞希はミックスグリル。

「サラダ?」

「うん。たまに食いたくならん?」

「……わからんでもない。一口ちょうだい」

「いいよ。……って、一口でっか! 半分くらいなくなったじゃねえか!」

 瑞希はもしゃもしゃしながら、ミックスグリルの皿をこっちに押す。

「エビフライやるよ」

「えっ、メインじゃん」

「タルタルソースがまずかったから、いらない」

「ワガママかよ……」

 ダラダラしゃべりながら食べ続ける。ドリンクバーでモクテル作ったり、デザート全部頼んで、デザート食べ放題したり。

「あー、苦しい」

「さすがに全部は多かったなあ」

 お腹をさすりながらファミレスを出た。

「そろそろ帰るか」

「おー。あ、帰り運転する」

「じゃ、お願いしよっかな」

 瑞希から鍵を受け取る。外はすっかり夜で、道路沿いの街灯の光が流れ星みたいに流れていく。
 アパートの前に車を止めて、荷物を抱えて降りる。

「ありがと、付き合ってもらっちゃって」

 そう言いながら、運転席に移る瑞希を見送った。

「いいよ。俺も久しぶりに遊べたし、服と靴も欲しかったしさ」

「俺も久しぶりだわ、こんなに買い物したの。最近食いもんばっか買ってたわ」

「生活力がついたんだろ。いいことじゃん」

 瑞希はシートベルトを締めてエンジンをかける。「じゃあ、また」と軽く手を振って、車は走り去っていった。
 俺は荷物を提げて階段を上がる。今夜はなんとなく、一段飛ばさずに最後まで上がった。
 部屋に戻ってシャワーを浴びて、買ってきた服を洗濯機に突っ込む。洗濯を待ちながら、瑞希にすすめられたマンガを読んでみる。

「……おもしろいな、これ」

 一巻を読み終えたらスマホを出してきて、マンガのタイトルで検索する。あと五冊出ているらしい。財布の中身と、ネットバンクの残高を確認する。カレンダーと冷蔵庫の中身もチェック。……いけなくも、ないな?
 米はまだあるし、理人のばあちゃんがくれた漬物もたくさんある。肉と野菜もたくさんじゃないけど、今週分くらいはある。給料と仕送りまであと二週間。
 ふと気がついて、本棚をあさると、子供の頃にお年玉でもらった図書カードが出てきた。

「一、二、三……けっこうあるなあ。学校の売店で使えるかな。教科書、これで買っときゃ良かった……」

 教科書代って馬鹿になんないし、教科書だけじゃなくて、資料とかいって教授の著書とか買わされるし。
 とにかく、マンガの続きは買えそうだ。明日、本屋に行こう。
 洗濯機がピーピーと鳴る。本を片付けて、立ち上がった。



 翌日の休み時間、昨日買ってきた庭園の写真集をめくっていた。すごいんだ、これが。こういうのを見ると、色合わせや種類はもちろん、草木の相性や、茎の高さ、花の奥行きなんかもわかるし、どう置いたら見栄えがいいか、育ちやすいかも見えてくる。

「何見てんの? うわ、真面目」

 同じ班の男子が覗き込んで、すぐに引いた。

「こんなに楽しいのに」

「真面目なんじゃなくて変態だったわ」

「うるせえよ。だって、自分で植えたりアレンジ作るときに、こんなふうに原色並べようなんて思わねえもん。それがこんなにまとまるの、すげえなあ」

「……わからんでもねえけど。藤乃、地味だから」

「地味かなあ」

 マジか。昨日、瑞希にも言われたわ。気にしたこともなかったけど、そいつは俺の服をマジマジと上から下まで眺める。

「今日はそうでもないな」

「そう?」

 今日は昨日、瑞希が選んだ薄い紫のカーディガンと、悩んだ末に買ってしまった黒いワイドパンツを履いてきた。シャツは元から持ってた白っぽいやつ。

「ムカつくことに、藤乃は背が高いから、何着てても似合う」

「ええ……」

「なのに、いっつも地味な服だよね、須藤くん」

 気づいたら、女子も何人か近くに座っていた。鈴美に似た小柄な子はいなくて、ちょっとホッとする。

「もしかしてそれ、彼女に選んでもらった?」

「だから、彼女とかいねえって。現在絶賛募集中。身長170センチ以上で、ハイヒール履いて俺よりデカくなる子、な」

「教育学部に大きい子いたよ」

「キャンパス、めっちゃ遠いだろ」

「そうでもないよ。県内だし」

「その子、たしか母校の先生狙ってるって言ってたよ」

「えー、残念」

 女子は女子で勝手に騒ぎだす。
 そっか……地味だったのか。今度、葵に服見てもらおうかな。……いや、ここでまた小学生に頼ろうとすんのが、もうダメなのかも。


 一日の授業を終えて学校を出る。
 今日は家と反対にある駅に向かう。駅前はそこそこ賑やかで、ファミレスやカラオケ、それに駅ビルには本屋と花屋も入っている。
 花屋を外からうかがって品揃えを確認する。駅前だから、小さめのブーケとかアレンジが多い。小洒落た花瓶なんかも置いてある。

「贈り物ですか?」

「え、あ、そういうわけじゃ……」

「ご相談にも乗りますので、ゆっくり見ていってくださいね」

 店員に笑顔で声をかけられて、つい挙動不審になってしまった。でも、親以外が作ったブーケを見るのは久しぶりで、ちょっと楽しい。

「最近、人気があるのってどれですか?」

「そうですねえ。アジサイや、大ぶりの花が人気ですね。流行りのくすみカラーでインパクトもありますし。ユーカリを合わせると香りも楽しめますよ。あとは季節を先取りしてヒマワリなんかも出始めてますよ。こちらは小ぶりなものを気軽に贈るのにオススメです。一輪挿しとセットで贈られる方もいらっしゃいますね。グリーンを足すなら……」

 店員は丁寧に説明してくれる。実家とは違うタイプの花屋だけど、そのぶん流行に敏感で、説明もわかりやすく丁寧だった。
 あれこれ教えてもらって、けっきょく、小さなブーケを買ってしまった。どうしよう。うちに花瓶とかないけど。あ、百均で買えばいいか。
 駅ビルに入ってる百均で小さい花瓶を買って、今度こそ本屋に向かう。
 瑞希に教えてもらったマンガの続きを買って帰る。


 数日後。差し入れを持ってきた葵が花瓶に活けられたブーケを見て首を傾げた。

「これ、どしたの?」

「買った」

「なんで?」

「なんでって」

 課題の教科書をめくりながら、駅前の花屋に行った話をすると、葵はなぜか頬を膨らませた。

「ふうん。藤乃くんが勉強熱心なのは知ってるけどさ。なんか面白くないな」

「なんだよ、それ」

 意味わかんねえな。でも、かわいい弟子をふくれたままにしとくのも大人げない。

「じゃあ、今度俺が飾りたくなるようなブーケ作ってくれよ。また土曜日に花屋にいるからさ」

「わかった。朝から行く」

 頷くと、葵は俯いて宿題を再開した。たまに教えてやったり、雑談したり。
 しばらくして宿題を終えたらしい葵が、本棚を指差した。

「ねえ、あんなマンガ、前からあったっけ?」

「おもしろかったから買った」

「ふうん……読んでいい?」

「いいよ」

 葵は勝手に麦茶を入れて、マンガを読みながらチマチマ飲んでいる。俺はその向かいで、レポートをカタカタ打っていた。

「あとさ」

「んー……」

「そのカーディガン、似合うね」

「よく言われる。……てか俺、地味かな」

「……まあ、服は、そうだね」

 葵は視線をマンガに戻しながら言う。そっか……やっぱり地味なのか。

「最近、やたら言われんだよ。気にしてなかったけどさ、ちょっと服選んでくんない?」

「いいけどさ。カーディガンは誰が選んだの?」

「瑞希。あー、友達」

「女?」

「男」

「じゃあ、今度行こう。でも誰かに見られて何か言われたらムカつくから、買い物中はお兄ちゃんって呼ぶね」

「悪いな、情けない兄貴で」

「私はそんなこと、一回も思ったことないよ」

 葵はやっぱりマンガから顔を上げずに言った。妹がいたら、こんな感じなのかもな。
 レポートができあがったころ、葵もマンガを読み終えて、一緒にごはんを食べた。台所を片付けたら、葵を家まで送って一人で戻る。

「……もうちょい、人と話したほうがいいな」

 瑞希と買い物したの楽しかったし、花屋のお姉さんにあれこれ聞いたのも、意外と楽しかった。
 俺はたぶん、もうちょい他人と話して世界を広げたほうがいい。広げても、ちゃんと帰る場所があるみたいだし。
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