伯爵家を支えていたのは私なのに、浮気した元旦那様に未練があるとでも? 幼馴染の騎士と再婚しますのでお帰りください
第10話
――重苦しい沈黙が会場を支配している。
白い花々が揺れる中、誰もが息を呑み、次の言葉を待っていた。
アレクの背中は広く、エリナをしっかりと守るように立ちはだかっていた。
その後ろ姿に、胸が震え、けれど不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
カーディスはなおも震える手を伸ばし、掠れる声で必死に言葉を絞り出していた。
「エリナ……頼む、戻ってきてくれ……今の俺には……お前しか……」
泣きそうな声で縋りつくその姿に、会場の空気が一層冷たくなる。
誰もが視線を逸らし、ある者は眉をひそめ、ある者は冷ややかな目を向けていた。
エリナの胸はざわめき、指先がかすかに震えた。だが、その時だった。
「……黙れ」
アレクの低く冷たい声が響き、場の空気を切り裂いた。
次の瞬間、彼はカーディスの胸ぐらを掴み、ぐっと引き寄せた。
カーディスの顔が引きつり、浅い呼吸を繰り返す音が聞こえた。
会場がざわめき、誰もが息を呑む中、アレクは低く鋭い声で言い放った。
「伯爵家を支えていたのは彼女だ……それを踏みにじり、毎日のように浮気をして領地を傾けたのはお前だ、恥を知れ。」
「な、なにを……!」
カーディスが顔を歪め、息を荒くして言い返そうとしたが、その声は震え、掠れて力を失う。
招待客たちが小さな声でざわめき始めた。
「……そんなことが……」
「まさか、本当に……?」
視線がカーディスに突き刺さり、その肩がわずかに震えた。
顔を赤くしたり、唇を噛みしめたりする客たちの反応が、彼の立場をさらに追い詰めるようだった。
カーディスは声を振り絞った。
「嘘だ、そんなわけ……! 俺が、そんな……!」
「全部お前の責任だ」
アレクの声は冷たく、鋭く響き、空気を切り裂くようだった。
その言葉にカーディスの顔色が青ざめ、何かを言いかけた唇が小刻みに震えた。
――その時、エリナは一歩前に出た。
胸の奥に渦巻いていた感情が、震える声となって溢れ出したかのように、エリナは口を開いた。
「……あの頃の私は、あなたの影で働いていた愚か者です……でも、もう違うの。
「え、エリナ……」
「私はもう、あなたとは縁を切っております」
会場のざわめきが静まり、皆が彼女を見つめた。
カーディスの目が見開かれ、震える目がエリナを見据える。
だが、もうその視線に心は揺れなかった。
エリナはまっすぐに彼を見返し、胸を張った。
「お前……お前は、俺の妻だったんだぞ……!」
「『妻だった』でしょ?」
言葉をはっきりと告げると、カーディスの顔が一瞬で青ざめ、肩が落ちて崩れ落ちそうになった。
招待客たちは息を呑む。
「エリナ、頼む……やり直そう……。俺だって間違ってたんだ、だから、な?」
「……もう、遅いんですよカーディス」
その言葉が、カーディスの胸に突き刺さるようだった。
苦しげに唇を噛むカーディスに、護衛がそっと近づき、静かに腕を取った。
「もうお帰りください、カーディス様」
「離せ! 俺は伯爵だぞ! こんな扱い……!」
叫ぶ声が無様に響くが、誰もそれに耳を貸さなかった。
視線は冷たく、まるで氷の刃のように彼を突き刺し、冷ややかな沈黙が会場を支配していた。
「もう……終わりよ。」
エリナの小さな呟きが、静かに響いた。
カーディスは声を失い、護衛に連れられて引きずられるようにして会場を後にした。
背を向けた彼の姿は小さく、惨めで、かつての伯爵の威厳は微塵も残っていなかった。
エリナは深く息を吐き、胸の奥の緊張がゆっくりと解けていくのを感じた。
そしてそっとアレクに視線を向けると、彼が優しく振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
その瞳が「大丈夫だ」と語りかけるようで、胸がじんわりと温かくなる。
「――もう、大丈夫だ。これからは、俺が傍にいる」
「……ありがとう、アレク。」
エリナは震える手で彼の手をしっかりと握り返した。
涙が一粒、静かに頬を伝う。
それは、悲しみではなく、確かな解放と、新たな始まりの涙だった。
周囲から、ため息まじりの温かな拍手がそっと湧き上がり、花びらが風に乗って二人の周りを舞った。