伯爵家を支えていたのは私なのに、浮気した元旦那様に未練があるとでも? 幼馴染の騎士と再婚しますのでお帰りください

第11話【元旦那、カーディス視点】


 カーディスは護衛に腕を取られながら、冷たい視線を浴びる中で足を引きずるように退いていった。
 視界が揺れ、心臓が早鐘のように鳴る。
 喉が乾き、呼吸が浅くなり、何度も口を開いては声にならない呻きが漏れた。
 耳鳴りがして、頭がぼうっとする。それでも、必死に言葉を探し、絞り出すように声を上げた。

「俺は……伯爵だぞ……!伯爵だったんだ……!なのに、どうして……!」

 その叫びは虚しく空気に溶け、誰も耳を傾けることはなかった。
 会場にいる全ての視線は冷たく、鋭く、無言の刃のように彼を突き刺す。
 ざわめきは広がりながらも、どこか遠巻きで、憐れみさえ浮かべる者すらいるようだった。
 ほんの少し前まで、自分がこの場の主役だった。
 伯爵家当主として、誰もが自分に頭を下げ、褒めそやし、彼女──エリナさえも、かつては控えめに笑い、
 従順に従っていたのに。

(どうして、どうしてこうなった?)
「エリナ……俺が必要だろ? 俺がいないと、お前は何もできないはずだろ……?」

 心の奥で必死に叫んでも、その声はもう誰にも届かない。
 脳裏に浮かぶのは、かつてのエリナの笑顔。
 テーブル越しに微笑んだあの表情、何かを言いかけて俯いた細い肩──そして、あの場で見せた毅然とした瞳。
 あれは、本当にあのエリナだったのか? まるで知らない女のように、自分を切り捨てたあの目――

「お前はもう、誰の後ろにも隠れない……」

 その言葉が、胸の奥で何度も何度も反響し、痛みを伴って突き刺さる。
 悔しさが、怒りが、そして拭えない焦りが胸を掻きむしる。
 歯を食いしばり、唇を噛み、肩が震えた。
 自分のものだったはずだ。
 自分の妻だったはずだ。
 なぜあんな目をする?
 どうして、あの男の前であんなに誇らしげに笑う?

「アレク……あの男さえ……あいつがいなければ……!」

 苛立ちが込み上げ、頭が真っ白になる。
 視界の端で、アレクがエリナの手を取り、優しく微笑んでいるのが見える。
 その光景が焼き付くように胸を刺し、理性を奪った。

「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな……!」

 呻きながら声を絞り出すと、護衛が強く腕を引き、無理やり引き離される。
 足がもつれ、よろめきながらも無様に引きずられていく感覚が情けなく、惨めで、吐き気を催すほどだった。

 周囲の空気は冷たく、会場の隅々まで自分への蔑みの視線が満ちている。
 誰も声をかけない。
 むしろ目を逸らし、無言で背を向ける。
 何かを呟いている者もいたが、その声は届かず、ただ自分が『恥』そのものとなったような感覚に苛まれる。

「……俺は……間違ってたのか……?」

 小さく自問した声はかすれ、喉の奥で消えた。
 だが、認めたくない。
 認められるわけがない。
 あんな女に、あんな男に、俺が負けるなんて──。

「違う……違うんだ……俺は間違ってない……!」

 掠れた声で繰り返し、息を乱しながら叫ぶと、護衛が無言で肩を強く押し、無理やり前へと引きずっていく。
 足元の石畳が歪み、視界がぐらぐらと揺れる。
 その向こうに、花びらがふわりと舞い上がり、エリナがアレクと手を取り合い、笑い合う姿があった。
 あの笑顔は、自分に向けられるべきだったはずだ。
 自分が守ってきたはずだった。それなのに、どうして。どうして、どうして……。

「エリナ……!」

 絞り出した声は虚しく空を切り、誰にも届かず、ただ春風が冷たく彼の頬を撫でた。
 その冷たさに震えながら、カーディスは無様に引きずられ、背中に投げかけられる沈黙と冷笑に押し潰されるように、会場の外へと連れ去られていった。
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