伯爵家を支えていたのは私なのに、浮気した元旦那様に未練があるとでも? 幼馴染の騎士と再婚しますのでお帰りください
第14話
一年後の街角、小さな噂話が人々の間で交わされていた。
春の柔らかな日差しが石畳に降り注ぎ、花々が咲き誇る広場に、集まった人々のさざめきが風に乗って広がっていく。
そんな中、あるやり取りが行われていた。
「聞いた? 元伯爵のカーディス様、あの後、すっかり落ちぶれて……」
「ええ、領地も取り上げられて、今は親戚を頼って細々と暮らしているらしいわ」
「やっぱりねぇ、あんなことしたら当然の報いよね」
「しかも、カーディス様のところ、結局子供ができなかったんですって……跡継ぎもいなくて、伯爵家は完全に断絶だとか……」
「そうだったの? あの奥方様、エリナ様って言ったかしら?あの人、ずっと苦労してたんでしょうね……立派なお屋敷で、夫に尽くして、でも報われなかったなんて……」
「でも今は違うわよ。エリナ様と騎士様……ほら、アレク様だっけ? 本当にお似合いで、領内の人たちの憧れの的なんだって」
「新しい屋敷も建てたらしいじゃない? それに、赤ちゃんも……もうすぐ生まれるんですって!」
「まぁ……本当に? あの二人が親になるのね……幸せそうで、素敵だわ」
「ええ。エリナ様、今は本当に穏やかで幸せそうな顔をしてるの。前とは全然違うのよ……」
笑い声や感嘆の声が混じり合い、まるで春の花が咲き誇る庭のようなにぎわいを見せていた。
やがて、話し声は遠ざかり、風に乗って消えていく。
一方その頃、エリナとアレクは屋敷の庭で肩を寄せ合い、穏やかな時間を過ごしていた。
春の花が色鮮やかに咲き誇り、風が柔らかく頬を撫でていく。
木々の葉が揺れる音と、小鳥のさえずりが静かな調べを奏で、暖かな陽射しが二人の間に優しく降り注いでいた。
その中にいたエリナはそっとお腹に手を当て、小さな笑みを浮かべている。
その指先に触れた命の鼓動に、胸の奥がじんわりと熱くなっていくことを感じながら、その横でアレクがその様子を見つめ、そっと近づいて彼女の手に自分の手を重ねた。
「……エリナ、もうすぐなんだな」
彼の声は低く、どこか感慨深い響きを帯びていた。エリナは頬を淡く紅潮させ、小さく頷いた。
「ええ……もうすぐ、あなたと私の子が生まれるの」
「信じられないな。……前の旦那の時には、こんな日が来るなんて、想像もできなかっただろ?」
アレクの問いかけに、エリナは少し目を伏せ、静かな微笑みを浮かべた。
遠い記憶の中で、かつての自分がどれだけ努力しても叶わなかった日々が蘇る。
その影を振り払うように、ゆっくりと息を吸い込み、アレクの目を見つめた。
「……そうね。あの頃は、私がどれだけ尽くしても、何も残らなかったわ。子供が欲しくても、どれだけ願っても叶わなかったの……でも……今は違うの。あなたとなら、どんな未来も怖くない」
エリナの瞳が潤み、言葉が震えながらも力強さを帯びていた。
その瞳に込められた決意と幸せが、アレクの胸を深く打つ。
彼は震える手でエリナの手をそっと握りしめ、その手を唇に寄せた。
「ありがとう……エリナ……本当に、ありがとう。君がいてくれることが、どれだけ幸せか……言葉じゃ足りないくらいだ」
「ふふ……泣かないで、アレク。私だって、あなたがいるから頑張れるのよ」
「泣いてない、泣いてなんかない……」
アレクは照れ隠しのように笑い、彼女の額にそっと唇を落とした。
その手はしっかりと彼女のお腹に当てられ、そこに宿る新たな命の存在を確かめるように指がわずかに震えた。
「これからも、ずっと一緒だ。俺が、君とこの子を守る。絶対に」
「ええ……もう、離れない。私たち、家族だもの」
二人の瞳が重なり、微笑み合う。
お腹を撫でるエリナの手の下で、新たな命が芽吹いていることを感じながら、アレクは胸の奥が温かく満たされていくのを感じた。
春の風が優しく二人を包み、咲き誇る花々が祝福するように揺れていた。
――新たな人生の幕が、今、確かに上がったのだった。