キスはボルドーに染めて

その人の名前

 シャトーがある地区から、ボルドーの市街地までは、車で1時間程かかった。

 遥か昔から貿易の中心地として栄えたボルドーは、湾に沿って歴史的な建造物が多く立ち並んでいる。

 石畳の目抜き通りをぬけ、サンタンドレ大聖堂の塔を脇に見ながら、服飾品やアクセサリーのブティックが軒を連ねる通りを進んだ。

 しばらくしてたどり着いた先は、やはり重みを感じさせる石造りの建物に囲まれた立派なホテルだった。


「フロントに名前を言えばわかるようになってる。日本語を話せるスタッフもいるから、安心していい」

 予想より豪華なホテルに、陽菜美が目を丸くしていると、男性が声を出した。

「あの、本当にお言葉に甘えて、良いんでしょうか?」

 上目づかいで見上げる陽菜美に、男性は柔らかくにっこりとほほ笑む。

「ゆっくり休むといい。今の君に必要なのは泣くことじゃない。顔を上げることだろう?」

 その言葉を聞いた途端、陽菜美ははっとする。
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