キスはボルドーに染めて

不安な夜

 陽菜美は顔を上げると、今はデスクで静かに目を閉じる蒼生の横顔をそっと見つめる。

 あの後しばらくして、給湯室に(ほうき)を持った杉橋が帰って来た。

 じっと黙ったままの陽菜美と蒼生に、杉橋も何かを感じた様子だったが、そのまま三人は片づけを終えると経営企画室に戻った。


「蒼生、お義姉さんが来たって聞いたけど……」

 だいぶ時間が経ってから、ついに感情を抑えきれなくなった杉橋が蒼生に詰め寄る。

「三年前に何があったのか、いい加減、本当のことを教えてくれよ! 陽菜美ちゃんに、こんな顔させるなよ!」

 杉橋は、今にも泣き出しそうな陽菜美の顔を見ながら声を出す。

 でも、胸ぐらを掴む勢いで突っかかる杉橋にも、蒼生はじっと目を閉じるだけだった。

 結局口を開かない蒼生に、杉橋自身もショックを受けたのか、とぼとぼと肩を落として部屋を出て行った。


 陽菜美は目線を上げると、純玲の顔を思い出す。

 きっと純玲は、蒼生の兄、一輝の妻でありながら、蒼生のことを想っている。

 それが三年前からなのか、それより前からなのかはわからない。

 ただ蒼生を愛しそうに見つめる瞳は、本物なのだろうと陽菜美には感じられた。
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