キスはボルドーに染めて

壊された心

 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日に、陽菜美は静かに顔を上げる。

「もう、朝なんだ……」

 陽菜美は小さくつぶやくと、はぁと深く息を吐いた。

 あれからどれくらい、ここに座っていたのだろう。

 朝日を感じて初めて、もう夜が明けていたのだと気がついた。


 ふと陽菜美は、手元のスマートフォンに目線を落とす。

 でも画面をタップしても、そこには昨夜(ゆうべ)と同じまま、何の通知も表示されない無機質な四角形が並んでいるだけだった。

 陽菜美は「あぁ……」と声を漏らすと、一度も着信を告げなかったスマートフォンを、祈るように額に当てる。


 昨夜は、杉崎にマンションの前まで送ってもらった。

 杉橋に小さくお礼を言い、のそのそと部屋に入った陽菜美は、リビングのソファに倒れ込むように座り込んだ。

 そしてそのまま、気がつけば朝を迎えていたのだ。


「もう、出勤の準備をしないと」

 人はこんな時にも、いつものように行動しようとしてしまうものなのだろうか。
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