キスはボルドーに染めて

スカウトの理由

 陽菜美は、蒼生が車を停めているという、地下の駐車場までエレベーターで向かう。

 蒼生が黒いセダンの脇で立ち止まった時、陽菜美は背筋を正すと深々と頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました」

 陽菜美の声に、蒼生は扉にかけていた手を離すと、静かにこちらを向く。

「私、ボルドーで蒼生さんに背中を押してもらって、もう大丈夫だと思っていたんです。でも、今日会社に来てみて、自分がまだ彼のこと、吹っ切れてなかったことに気がつきました」

 陽菜美は小さくため息をつくと、肩をすくめた。


「それで、今は?」

 蒼生は優しく口元を引き上げている。

 陽菜美は満面の笑みを蒼生に向けた。

「今はもう、すっきりしてます! むしろ爽快なくらいです!」

 両手の拳を高々と上げる陽菜美に、蒼生はあははと楽しそうに声を上げて笑った。


 ――あぁ、この笑顔、好きだなぁ。


 蒼生の笑顔につられるように一緒に笑いながら、陽菜美はほんのりと頬を染める。
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