キスはボルドーに染めて

大切な秘書

「おはようございます」

 そそくさと脇を通り過ぎる社員に、大きな声で挨拶した陽菜美は、経営企画室の扉を押し開ける。

 うす暗い室内の電気をパチリとつけ、サッとブラインドを引き上げた。

 眩しい朝日が室内にさし込み、一気に爽快な気分になってくる。


 あの日以降、陽菜美はOTOWine(オトワイン)株式会社に出社している。

 勤務するようになってから気がついたことは、初日に感じていた社員達の不自然な目線は、蒼生に対して向けられているものだということだった。


「でも蒼生さんが厄介者って、本当なのかなぁ?」

 陽菜美は朝の清掃をしながらぽつりとつぶやく。

 どうしても蒼生と厄介者という言葉が、陽菜美の中でリンクされないのだ。


「まぁ、私が気にしてもしょうがないか」

 陽菜美は蒼生のデスクの上に、届いた手紙や資料を置くと、ノートパソコンを手にソファの席についた。

 陽菜美用のデスクはまだ用意されていないため、今はこのソファ席が陽菜美のデスク代わりになっている。
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