キスはボルドーに染めて

厄介者の立場

「どなたですか?」

 陽菜美は部屋の壁際に立つと、同じく近くに直立不動で立つ杉橋に小声で話しかける。

 杉橋はシーッと口元に手を当てると、緊張したように再びピシッと背筋を正した。


 ついさっきこの部屋に入って来た女性は、脇に立つ陽菜美と杉橋を一瞥すると、秘書らしき男性を従えて、蒼生の執務用の椅子に腰かけた。

 その立ち居振る舞いから、この会社の需要ポストの人物のようにはみえる。


 ――蒼生さんって呼んでたよね。


 陽菜美は再び女性に目をやった。

 身内のような気もするが、それでも女性の蒼生を見る目は、明らかに敵意を持ったように冷たい。

 あまりに張り詰めた空気に、陽菜美が息苦しさを感じ出したころ、蒼生が先に口を開いた。


「社長自らお越しとは、今日はどのようなご用件で?」

 蒼生の声に陽菜美は「社長!?」と驚くと、叫びそうになったのを無理やり抑え込むように慌てて口に手を当てる。

 記憶を辿れば、さっき見ていた会社案内の社長名には“音羽 美智世(おとわ みちよ)”と書いてあったことを思い出した。
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