私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】

March 第4話 情熱【理滉】

―――正直言って、大したことないだろうとみくびっていた。
ドアを開けた瞬間、音の激流がきた。
駆り立てられるように弾く姿は一心不乱という言葉が一番しっくりくる。
あの小動物がどうやってあんな音を出しているのだろうと思うくらいだった。
速い指運びで白い鍵盤の上を滑らかに走っていく。
曲はショパンのエチュードOp.10-4。
手が小さく、この曲を弾くのは苦しいはずだが、楽しそうに弾いている。
ショパンのエチュードOp.10-4はコンクールでもよく選ばれているポピュラーな曲だ。
その曲を弾くイメージは彼女にはなかった。
小さい手が忙しく白の鍵盤の上を移動している。
それなのに無理をしているようには思えない。
見た目とは違う秘める熱。
もしかしたら、とんでもない激情を持った女なのかもしれない。
ふっと顔をあげた彼女と目が合った瞬間、音は止み、耳の奥に響く余韻を残して静かになった。

「梶井さん……」

「悪い。邪魔したな。スマホを取りに来た」

「あ、いえ。これは練習のようなものですから気にしないでください」

練習ね。
練習にしてはかなり激しかったが。

「止めるなよ。続きが聴きたい」
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