25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

書店でデート?

「どの本屋さんに行きたいんですか?」

一緒に行くってわけじゃないけれど……ちょっと気になる。
まあ、たまたま行き先が同じなら、ついでに……くらいならいいかもしれない。

「ユヌ・リブレリーってところ。最近、話題になってるよね」

「……あ、私も気になってたんです。ちょっと興味あります」

「じゃあ、決まりだ」

そう言って真樹がひょいっと手を挙げた瞬間、目の前を通りかかったタクシーが、ぴたっと止まる。

「えっ、車は?いいんですか?」

「颯真の車だからさ、2台目の駐車場に停めてある。問題ないよ。それに、俺の家もこのあたりだからね」

「そ、そうなんですね……」

──って、ちょっと待って?
私、一緒に行くって言った?
“気になってる”とは言ったけど、“行きましょう”とは……言ってないよね?
なにこの自然な流れ。

なんかすごく、流されてる気がするんだけど……!

そんなことを思いながら、

足を乗せようとした瞬間、
入口の下に、そっと添えられた手があった。

真樹の手だった。

けれど、その優しい気遣いに、美和子は気づかなかった。
視線は窓の奥の座席に向いたまま、心の中でまだ「え、ほんとに乗るの?私?」とぐるぐるしていたから。

ただ、真樹の手が一瞬ふっと宙に浮き、
それが何ごともなかったように静かに引っ込められたことだけが、そこに残った。

タクシーが静かに動き出す。
隣に座る男の思惑にも、その視線の熱にも、
美和子はまだ気づかない。

車内は思いのほか静かだった。
けれど、窓の外の景色をぼんやり眺めているうちに、真樹がぽつりと話しかけてきた。

「最近、又良の新作を読んだんだ。ああいう、言葉を大切にしてる感じ、嫌いじゃない」

「えっ、又良さん読むんですか?意外……」

「意外ってなんだよ」

「もっと……なんて言うか、ビジネス書一択みたいなタイプかと」

「失礼だな。見た目で決めつけるの、あんまりよくないと思うよ?」

言いながら口元に笑みを浮かべる真樹に、美和子もつられて笑ってしまった。

そこに、運転席から明るい声が飛んできた。

「いや~、又良さんはいいですよねえ。僕も『火華』のあの感じ、好きなんですよ。人生って、ままならないってのが沁みますよね」

「あ、それわかります!」と、美和子がすかさず反応し、

「おっ、共感いただきました~」と運転手が楽しそうにハンドルを回す。

──そんな風に、三人でなんとなく文学談義のようなものが始まり、気がつけば車は目的地の前で停まっていた。

「ユヌ・リブレリー、到着です!」

「ありがとう」と真樹が軽やかに言い、さっと財布を取り出して支払いを済ませる。

美和子も慌ててバッグから財布を出そうとしたが、
「いいから。格好悪いからやめてくれ」
と、やわらかい声音で制された。

「……あ、はい」

その声があまりにも自然で優しかったから、反論する間もなかった。

支払いを終えた真樹がタクシーのドアを開けてくれる。
今度はちゃんと気づいた、美和子。

けれど、何も言わずに、ただ静かに「ありがとう」とだけ呟いた。


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