25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

25年前のお見合い 真樹

「……あれが、運命だったんだと、今ならわかる」

滝沢真樹、52歳。
成功を手にした今も、胸に焼きついて離れない光景がある。
25年前、春の終わり──彼はその日、都内の高級ホテルで“形式だけのお見合い”に向かっていた。待ち合わせ時間より少し早く到着し、ロビーのラウンジに向かおうとしたときのことだった。

ロビーに入った瞬間、ふと視線が吸い寄せられた。

そこに、ひとりの若い女性が立っていた。

ふんわりと華やかな振袖姿。牡丹や桜の柄があしらわれているが、派手すぎず、可憐で品があった。年齢は二十二、三。姿勢がよく、立ち居振る舞いに凛とした美しさがあった。

だが、その瞬間──。

ホテルの花屋からスタッフが慌ただしく出てきた拍子に、水がこぼれた床の上を、彼女は踏んでしまった。

「あっ……」

倒れるように転び、振袖の裾が濡れ、スタッフが駆け寄る。

「あ、申し訳ありません!お怪我は──!」

真樹も思わず立ち上がった。だが、そのあとに見た光景が──彼の胸を打った。

彼女は倒れたまま、少し驚いた顔をしていたが、ゆっくりと体を起こし、濡れた着物を確かめると、ふっと微笑んだのだ。

「大丈夫です。私の不注意ですから」

誰を責めるでもなく、恥ずかしがる素振りもなく、ただ静かに、穏やかに。
スタッフが慌ててタオルを差し出し、上司らしき男性が深く頭を下げても、彼女はただ笑顔で受け止めていた。

「ありがとうございます。もう着替えますから……お気になさらず」

そのまま、スタッフの手を借りることもなく、ひとりで立ち上がり、濡れた裾をそっと手で持ち上げて、静かにエレベーターへと向かっていった。

真樹は、ただ見ていた。

心臓が、打ち鳴らすように跳ねていた。

(──誰だ、あの人は)

気品。落ち着き。強さ。
今まで見てきたどの女性とも違った。
欲しいとか、付き合いたいとか、そういう言葉では言い表せなかった。

(この人を、俺は……)

そこへホテルマンが声をかけた。

「滝沢様、お部屋へご案内します」

通された個室。座って数分後、扉が開いた。

「失礼します……」

振袖姿の、あの女性が、再び現れた。

──運命なんて、信じたことはなかった。

けれどこの日だけは、違った。

(彼女が……美和子)

それが、25年前。すべての始まりだった。
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