25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
真樹の回想
真樹は、ここ数週間の多忙を極めていた。
もともと精力的に仕事へ打ち込む性分ではあるが、それでもさすがに身体の芯に疲労が溜まっているのを自覚する。
明日は、亡き妻・爽子の月命日。
この案件さえ今夜中に目処をつければ、明日は朝から墓参りに行ける。出張でない限り、月命日を欠かしたことはない。いつも爽子の好きだった黄色い花を供え、息子・颯真の成長を報告するのが慣例となっていた。
爽子とは政略結婚だった。見合いの席で出会い、名前の通り、さっぱりとした裏表のない女性だった。
互いに「この人なら穏やかにやっていける」と思えたことが、結婚の決め手だった。
結婚後すぐに颯真が生まれ、家庭は平和で、真樹にとってその日々は幸福だった。
男女の愛ではなかったが、家族としての信頼と親愛に満ちた結婚生活だった。
だが、爽子は病を得て、颯真が中学を卒業するころ、この世を去った。
最後まで明るく、静かに、そして潔く息を引き取った。真樹は、その立派な妻に心から感謝している。
それ以来、爽子との約束でもあるかのように、彼はさらに仕事へと没頭し、颯真を一人前の跡取りに育て上げてきた。
明日は、あの黄色い花を手向け、颯真の婚約を報告しよう——。
そう思いながら、真樹はデスクに置かれた書類を見つめ、ひとり、低く呟いた。
「あと、ひと踏ん張りだな」
書類の束をめくる指を一瞬止め、真樹はふと天井を仰いだ。
「爽子——君なら、颯真の婚約者を見たら、なんて言っただろうな」
問いかけるように口に出してみても、返ってくるのは静寂だけだ。
だがその静けさに、むしろ爽子の穏やかな笑みが浮かぶような気がした。
彼女は決して嫉妬深い女ではなかった。
結婚のときも、そして病の床に伏したときも、真樹の人生に口出しするようなことは一度もなかった。
「あなたには、あなたのやるべきことがある」
そう言って、自分の運命を淡々と受け入れていった人だった。
その在り方に、真樹は尊敬と感謝を抱いていた。
だが同時に、心のどこかでずっと埋まらない空白があったのも事実だ。
男女として、ひとりの女性を心から愛したことがあったか?
その問いに、かつてなら「それは必要なかった」と答えていただろう。
だが今は違う。
——美和子。
彼女の名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥がかすかに熱を帯びる。
——この人生で、もう一度、誰かを心から愛することができるのか。
自分にそんな資格があるのかは、わからない。
だが、願ってしまっている。
それが、美和子であることを。
彼女のそばに、今度こそ正しい距離で立ちたいと——そう、心から願ってしまっている。
目を閉じ、深く息を吸う。
爽子。君が与えてくれた安定と日常があったから、俺はここまで来られた。
だけど——
これから先の人生は、“心を通わせる相手”と歩みたい。
「きっと、君なら許してくれるだろう」
そうつぶやいた真樹の目元に、静かに滲むものがあった。
もともと精力的に仕事へ打ち込む性分ではあるが、それでもさすがに身体の芯に疲労が溜まっているのを自覚する。
明日は、亡き妻・爽子の月命日。
この案件さえ今夜中に目処をつければ、明日は朝から墓参りに行ける。出張でない限り、月命日を欠かしたことはない。いつも爽子の好きだった黄色い花を供え、息子・颯真の成長を報告するのが慣例となっていた。
爽子とは政略結婚だった。見合いの席で出会い、名前の通り、さっぱりとした裏表のない女性だった。
互いに「この人なら穏やかにやっていける」と思えたことが、結婚の決め手だった。
結婚後すぐに颯真が生まれ、家庭は平和で、真樹にとってその日々は幸福だった。
男女の愛ではなかったが、家族としての信頼と親愛に満ちた結婚生活だった。
だが、爽子は病を得て、颯真が中学を卒業するころ、この世を去った。
最後まで明るく、静かに、そして潔く息を引き取った。真樹は、その立派な妻に心から感謝している。
それ以来、爽子との約束でもあるかのように、彼はさらに仕事へと没頭し、颯真を一人前の跡取りに育て上げてきた。
明日は、あの黄色い花を手向け、颯真の婚約を報告しよう——。
そう思いながら、真樹はデスクに置かれた書類を見つめ、ひとり、低く呟いた。
「あと、ひと踏ん張りだな」
書類の束をめくる指を一瞬止め、真樹はふと天井を仰いだ。
「爽子——君なら、颯真の婚約者を見たら、なんて言っただろうな」
問いかけるように口に出してみても、返ってくるのは静寂だけだ。
だがその静けさに、むしろ爽子の穏やかな笑みが浮かぶような気がした。
彼女は決して嫉妬深い女ではなかった。
結婚のときも、そして病の床に伏したときも、真樹の人生に口出しするようなことは一度もなかった。
「あなたには、あなたのやるべきことがある」
そう言って、自分の運命を淡々と受け入れていった人だった。
その在り方に、真樹は尊敬と感謝を抱いていた。
だが同時に、心のどこかでずっと埋まらない空白があったのも事実だ。
男女として、ひとりの女性を心から愛したことがあったか?
その問いに、かつてなら「それは必要なかった」と答えていただろう。
だが今は違う。
——美和子。
彼女の名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥がかすかに熱を帯びる。
——この人生で、もう一度、誰かを心から愛することができるのか。
自分にそんな資格があるのかは、わからない。
だが、願ってしまっている。
それが、美和子であることを。
彼女のそばに、今度こそ正しい距離で立ちたいと——そう、心から願ってしまっている。
目を閉じ、深く息を吸う。
爽子。君が与えてくれた安定と日常があったから、俺はここまで来られた。
だけど——
これから先の人生は、“心を通わせる相手”と歩みたい。
「きっと、君なら許してくれるだろう」
そうつぶやいた真樹の目元に、静かに滲むものがあった。