25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
父の想い
数日後の夜。
颯真は、父・真樹のオフィスを訪ねた。会議室ではなく、個人的に使っている応接室に通される。重厚なソファに沈み、父と向かい合う。
「どうした? 急に」
真樹はグラスにウイスキーを注ぎながら問いかける。
「母さんの遺品の中に、手紙があったんだ。結婚が決まったら父さんに見せてほしいって」
グラスを口に運びかけた父の動きが止まった。
「そうか……読んだんだな」
頷く颯真。その瞳はまっすぐ父を見つめていた。
「母さんは、最期に俺に言ってくれた。
“颯真、あなたを置いていくことを謝るわ。ごめんね。立派な後継者になれるわ。お父さんにあなたを任せてある。あなたなら大丈夫”
……って」
「……ああ。あのときのことは、忘れない」
「手紙にはこうも書いてあった。
“私は真樹さんと結婚できて幸せでした。颯真という子どもを授かって、満ち足りた人生でした”
“だから私は、あなたにもう一度、人生を生きてほしい。一人の男性として、心から想える人と結ばれてほしい”
“その人のこと、私は知っています。あなたがずっと忘れられなかった女性”」
真樹は目を伏せたまま、グラスの中の氷を指先で揺らした。
「……美和子さん、なんだな?」
「ああ。……彼女は俺の、初恋の人だ」
真樹は静かに言った。どこか遠くを見つめるような瞳で。
「当時はどう伝えていいかもわからず、強引に進めてしまった。結果、怖がらせて逃げられた。……当然だったよ。だけど、今は違う。今の俺は、彼女を大事にしたい。そう思ってる」
颯真は黙ってその言葉を受け止めたあと、ウイスキーを一口飲み、グラスを掲げた。
「……乾杯しよう。母さんへ。母さんがくれた人生と、父さんへの想いに」
真樹もそっとグラスを持ち上げた。
「……爽子へ。ありがとう。俺の人生、これからまた、ちゃんと歩くよ」
二つのグラスが軽く鳴り合った。
しばらくの沈黙の後、颯真がふと口を開く。
「美和子さんにはまだ言ってないんだよな? 父さんも実は、あのマンションに住んでるって」
「父さん、聞くつもりなかったけど……あのマンション、俺にはわかるよ。
家具の選び方も、契約の流れも、普通じゃない。……父さんが、全部やったんだろ?」
真樹は微笑んだ。諦めたような、どこか誇らしげな微笑だった。
「……そうだよ」
「…じりじりと外堀を埋めていくね。そう考えると、やっぱ俺は親父の子供なんだな」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。言葉に出さずとも通じるものがあった。
「おまえには負けるよ、颯真」
「いやいや。勝ち負けじゃなく、これは……血だよ」
ふたりの笑い声が、ウイスキーの琥珀色のグラス越しに静かに溶けていった。
颯真は、父・真樹のオフィスを訪ねた。会議室ではなく、個人的に使っている応接室に通される。重厚なソファに沈み、父と向かい合う。
「どうした? 急に」
真樹はグラスにウイスキーを注ぎながら問いかける。
「母さんの遺品の中に、手紙があったんだ。結婚が決まったら父さんに見せてほしいって」
グラスを口に運びかけた父の動きが止まった。
「そうか……読んだんだな」
頷く颯真。その瞳はまっすぐ父を見つめていた。
「母さんは、最期に俺に言ってくれた。
“颯真、あなたを置いていくことを謝るわ。ごめんね。立派な後継者になれるわ。お父さんにあなたを任せてある。あなたなら大丈夫”
……って」
「……ああ。あのときのことは、忘れない」
「手紙にはこうも書いてあった。
“私は真樹さんと結婚できて幸せでした。颯真という子どもを授かって、満ち足りた人生でした”
“だから私は、あなたにもう一度、人生を生きてほしい。一人の男性として、心から想える人と結ばれてほしい”
“その人のこと、私は知っています。あなたがずっと忘れられなかった女性”」
真樹は目を伏せたまま、グラスの中の氷を指先で揺らした。
「……美和子さん、なんだな?」
「ああ。……彼女は俺の、初恋の人だ」
真樹は静かに言った。どこか遠くを見つめるような瞳で。
「当時はどう伝えていいかもわからず、強引に進めてしまった。結果、怖がらせて逃げられた。……当然だったよ。だけど、今は違う。今の俺は、彼女を大事にしたい。そう思ってる」
颯真は黙ってその言葉を受け止めたあと、ウイスキーを一口飲み、グラスを掲げた。
「……乾杯しよう。母さんへ。母さんがくれた人生と、父さんへの想いに」
真樹もそっとグラスを持ち上げた。
「……爽子へ。ありがとう。俺の人生、これからまた、ちゃんと歩くよ」
二つのグラスが軽く鳴り合った。
しばらくの沈黙の後、颯真がふと口を開く。
「美和子さんにはまだ言ってないんだよな? 父さんも実は、あのマンションに住んでるって」
「父さん、聞くつもりなかったけど……あのマンション、俺にはわかるよ。
家具の選び方も、契約の流れも、普通じゃない。……父さんが、全部やったんだろ?」
真樹は微笑んだ。諦めたような、どこか誇らしげな微笑だった。
「……そうだよ」
「…じりじりと外堀を埋めていくね。そう考えると、やっぱ俺は親父の子供なんだな」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。言葉に出さずとも通じるものがあった。
「おまえには負けるよ、颯真」
「いやいや。勝ち負けじゃなく、これは……血だよ」
ふたりの笑い声が、ウイスキーの琥珀色のグラス越しに静かに溶けていった。