25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
佳奈の想い
最近、母がどんどん可愛くなっている。
もともと綺麗な人だけれど、父が亡くなってからというもの、あんなに楽しそうな顔は見たことがない。なにより肌の艶がよくなっているのだ。女は恋をすると綺麗になる、というが——まさか。
颯真も何かを隠しているようで、もやもやする。
その日、颯真は外出中で、佳奈は一人ランチをどうしようかと考えていたところに、社長秘書の鈴木さんから電話が入った。
「社長室へお越しください」
少し驚きながらエレベーターを降り、ドアをノックして入室する。
「失礼します」
「佳奈さん。呼び出してすまない。……ランチは、もう食べたかな?」
「いえ、まだです」
「では、今日はここで一緒に食べてくれ。話がある」
テーブルには、あらかじめ並べられた二人分のお弁当。真樹の隣に座ると、ふたりは無言のまま箸を動かし始めた。
「——真樹さん。どのようなお話でしょうか?」
佳奈は、彼が“お義父さん”ではなく“真樹さん”と名前で呼ばせると初対面で言ったあの日を思い出していた。名前で呼ぶ時は、プライベートな話をするとき——そう彼は決めていたからだ。
「……もしかして、母のことですか?」
真樹が頷いた。
「そうだよ。新居は見たかい?」
「はい。とっても素敵なところでした。いろいろお世話になったようで、母も喜んでいました。ありがとうございます」
真樹は一瞬目を伏せ、そして佳奈を正面から見据えた。
「君に……聞かなければならないことがある。美和子さんは、私の初恋の人なんだ」
佳奈は静かに箸を置いた。
「25年前、君の母とお見合いをして、私は一目惚れした。だが、強引すぎた。彼女には……怖がらせてしまったんだ。
それから長い時間が経った。だけど、君が颯真の秘書として入社するとき、紹介者から渡された身辺調査書に“富岡美和子”の名前を見つけて——衝撃だったよ」
彼の声は穏やかだったが、どこか決意がにじんでいた。
「君と颯真が結婚した今、私はこれは運命だと思った。……再会して、やっぱり思ったんだ。彼女と、人生を共に生きたいって。——君は、どう思う?」
佳奈はしばらく黙ったまま、心の中を見つめた。
「……もし、母が真樹さんと同じ気持ちであるのなら。私はお二人を、応援したいと思います」
「……ありがとう」
「母は最近、本当に楽しそうです。肌までつやつやしてきて……たぶん本人は気づいていませんけど、恋してる顔、してますよ。父が亡くなって、家を手放して、新しい人生を歩こうとしてる。私に反対する理由はありません。
父はいつも、母と私の幸せを願ってくれていました。——だから、真樹さん」
佳奈は真樹の目を見て、穏やかに笑った。
「母に、ちゃんと“言葉”で伝えてあげてください。真樹さん、鈍感ですから。……颯真さんと一緒で」
真樹が苦笑しながら、「それは手厳しいな」と小さく呟いた。
「ランチ、ごちそうさまでした」
そう言って、佳奈は会釈をして立ち上がった。
その夜、帰宅した颯真が玄関で迎えた佳奈に尋ねた。
「今日、親父に呼ばれたんだって?」
「うん。……お母さんへの想いの話だったよ。颯真くん、知ってたんでしょ?」
「まあな。……それで、親父も同じマンションに住んでるって聞いたか?」
「……えええええええええ?!」
佳奈の目がまんまるに見開かれた。颯真は笑いながら、その経緯を話していく。
「でも、美和子さんにはまだ秘密だぞ」
佳奈はその一言に、肩をすくめた。
「……真樹さん、すごい。っていうか、猛愛というか、執着愛というか……」
そしてふと、颯真を見上げた。
「でも、まあ……あの親にしてこの子ありって感じ? 私が颯真の愛をちゃんと受け取れたんだから、きっとお母さんも大丈夫よね」
そう呟いて、佳奈は自分の胸にそっと手を当てた。
——恋を、恐れずに受け取る。それは、母娘で似ているのかもしれない。
もともと綺麗な人だけれど、父が亡くなってからというもの、あんなに楽しそうな顔は見たことがない。なにより肌の艶がよくなっているのだ。女は恋をすると綺麗になる、というが——まさか。
颯真も何かを隠しているようで、もやもやする。
その日、颯真は外出中で、佳奈は一人ランチをどうしようかと考えていたところに、社長秘書の鈴木さんから電話が入った。
「社長室へお越しください」
少し驚きながらエレベーターを降り、ドアをノックして入室する。
「失礼します」
「佳奈さん。呼び出してすまない。……ランチは、もう食べたかな?」
「いえ、まだです」
「では、今日はここで一緒に食べてくれ。話がある」
テーブルには、あらかじめ並べられた二人分のお弁当。真樹の隣に座ると、ふたりは無言のまま箸を動かし始めた。
「——真樹さん。どのようなお話でしょうか?」
佳奈は、彼が“お義父さん”ではなく“真樹さん”と名前で呼ばせると初対面で言ったあの日を思い出していた。名前で呼ぶ時は、プライベートな話をするとき——そう彼は決めていたからだ。
「……もしかして、母のことですか?」
真樹が頷いた。
「そうだよ。新居は見たかい?」
「はい。とっても素敵なところでした。いろいろお世話になったようで、母も喜んでいました。ありがとうございます」
真樹は一瞬目を伏せ、そして佳奈を正面から見据えた。
「君に……聞かなければならないことがある。美和子さんは、私の初恋の人なんだ」
佳奈は静かに箸を置いた。
「25年前、君の母とお見合いをして、私は一目惚れした。だが、強引すぎた。彼女には……怖がらせてしまったんだ。
それから長い時間が経った。だけど、君が颯真の秘書として入社するとき、紹介者から渡された身辺調査書に“富岡美和子”の名前を見つけて——衝撃だったよ」
彼の声は穏やかだったが、どこか決意がにじんでいた。
「君と颯真が結婚した今、私はこれは運命だと思った。……再会して、やっぱり思ったんだ。彼女と、人生を共に生きたいって。——君は、どう思う?」
佳奈はしばらく黙ったまま、心の中を見つめた。
「……もし、母が真樹さんと同じ気持ちであるのなら。私はお二人を、応援したいと思います」
「……ありがとう」
「母は最近、本当に楽しそうです。肌までつやつやしてきて……たぶん本人は気づいていませんけど、恋してる顔、してますよ。父が亡くなって、家を手放して、新しい人生を歩こうとしてる。私に反対する理由はありません。
父はいつも、母と私の幸せを願ってくれていました。——だから、真樹さん」
佳奈は真樹の目を見て、穏やかに笑った。
「母に、ちゃんと“言葉”で伝えてあげてください。真樹さん、鈍感ですから。……颯真さんと一緒で」
真樹が苦笑しながら、「それは手厳しいな」と小さく呟いた。
「ランチ、ごちそうさまでした」
そう言って、佳奈は会釈をして立ち上がった。
その夜、帰宅した颯真が玄関で迎えた佳奈に尋ねた。
「今日、親父に呼ばれたんだって?」
「うん。……お母さんへの想いの話だったよ。颯真くん、知ってたんでしょ?」
「まあな。……それで、親父も同じマンションに住んでるって聞いたか?」
「……えええええええええ?!」
佳奈の目がまんまるに見開かれた。颯真は笑いながら、その経緯を話していく。
「でも、美和子さんにはまだ秘密だぞ」
佳奈はその一言に、肩をすくめた。
「……真樹さん、すごい。っていうか、猛愛というか、執着愛というか……」
そしてふと、颯真を見上げた。
「でも、まあ……あの親にしてこの子ありって感じ? 私が颯真の愛をちゃんと受け取れたんだから、きっとお母さんも大丈夫よね」
そう呟いて、佳奈は自分の胸にそっと手を当てた。
——恋を、恐れずに受け取る。それは、母娘で似ているのかもしれない。