25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

金曜日の晩酌

お茶漬けを食べ終え、缶ビールの二本目を飲み干したあと、自宅へ戻った。片づけをしようとした俺を、美和子は「早く帰って休んでください」とやんわり追い出した。

本当は、もっと一緒にいたかった。けれど、今日の告白を“酒の勢い”にされるわけにはいかなかった。だからこそ、深酒はしなかった。少し名残惜しい夜だった。

今朝からの出来事が、まるで一本の短編映画のように頭の中を巡る。

エレベーターで偶然会ったときの驚いた顔。初めて見た、あどけないすっぴん。俺の告白を聞いて、真っ赤になった顔を手で隠しながらキッチンへ逃げていった美和子。その一つ一つが、愛おしかった。

そして、エントランスで交わした、彼女の「おかえりなさい」。

心が満たされた瞬間だった。…と思ったら、彼女が突然「コンビニに行く」と言い出した。

こんな時間に?誰かいるのか?俺の中に、警戒心と独占欲がじわりと広がる。

「誰もいない」と聞いて、ようやく安堵する。危機感のない彼女の手を握って、コンビニへ同行した。

彼女の好きなビールも、スイーツも、今日知ることができた。

帰り道、前方から酔っ払いがフラフラと歩いてくるのが見えた。

俺は自然に、美和子を抱き寄せた。

その瞬間、髪からふわりと甘い香りが漂う。

思いきり吸い込んで、彼女の耳元にそっとささやいた。

…あの時の、美和子の顔。

恥ずかしそうに、けれどまんざらでもないような、あの表情。

可愛かったな。

思い出すたびに、思わず頬がゆるむ。

真樹は、心地よい疲労感に包まれていた。

玄関を閉めたあと、無言のままスーツを脱いだ。バスルームで歯を磨きながら、ふと思い出すのは、美和子の笑顔と、湯気の立つお茶漬けの香り。そして、ふたり並んで飲んだ缶ビールの音。

どれもが静かに、確かに、彼の中に染み込んでいた。

ベッドにもぐりこむと、身体がふわりと沈んだ。重力が抜けたように、全身がほぐれていく。

一週間のたまった疲れも、美和子のつくってくれた料理と、心を許せる晩酌の時間が、すべてをやわらかく癒してくれた。

「……幸せだな」

ぽつりとつぶやいた声も、自分で聞こえたのかどうか定かではなかった。

真樹はそのまま、子どものように静かに眠りに落ちた。
< 58 / 102 >

この作品をシェア

pagetop