25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

真樹の嫉妬と初めての喧嘩

シックなバーの扉を開けた瞬間、真樹はその姿を見つけた。

カウンターの灯りの下、美和子がワイングラスを傾け、隣の男と笑い合っている。ふとした瞬間、男がスマートフォンを傾け、その肩が美和子の肩に軽く触れた。

瞬間、胸の奥に熱い何かが走る。
真樹は、歩みを止めずにカウンターへと進んだ。

「お待たせした。少し遅れたね」

穏やかだが、張り詰めた声。男が気づいて顔を上げた。

「あ……はじめまして。大学時代に富岡さんとゼミでご一緒していた、吉岡と申します。偶然お会いして、少しお話を」

吉岡は礼儀正しく立ち上がり、会釈した。
美和子が慌てて補足する。

「真樹さん、この方は本当に偶然で……昔のゼミ仲間なの。子供たちの話をしていて、写真を見せてもらってたの。肩が触れたのもそのときで──」

「そうでしたか。失礼しました。……ただ、少々距離が近すぎたかと感じたもので」

真樹の声は柔らかい。しかし、その奥に潜む怒気に吉岡も一瞬、笑顔を凍らせる。

「お気を悪くされたなら、申し訳ない。では、私はこの辺で──富岡さん、またどこかで」

吉岡は丁寧に会釈し、場を後にした。

二人きりになったカウンターに、静かな緊張が降りた。

「なによ、あれ」

美和子の声が低く響く。

「何か失礼なことをした?」

「彼にではない。……君のほうにだ」

「は?」

「俺以外の男性にあんなに気を許して笑っている君を見るのは、正直、面白くなかった」

「それ、嫉妬?」

「そう言われても仕方ないかもしれないな。だが……俺には、君を守る責任があると思っている」

「守るって、誰から? 昔の友達にまで目を光らせるつもり?」

「違う。ただ、君が俺の隣にいる限り、他の誰かに心を向けてほしくない。それだけだ」

「……じゃあ聞くけど。私の心まで、あなたの管理下に置くつもり?」

真樹が言葉に詰まる。

「束縛よ、それは」

「美和子──」

「私は、誰かの所有物じゃない。あなたのものでもない。たとえ、あなたに想われていたとしても」

真樹は言葉を失ったまま、美和子を見つめる。

「人は“好き”だからって、すべてを縛っていいわけじゃないわ。あなたほどの人なら、それくらいわかると思ってた」

美和子の目には静かな怒りが宿っていた。

「……俺は、君を思う気持ちが強すぎたのかもしれない」

「それが“思いやり”ではなく、“支配”になった瞬間、愛は壊れるわよ」

そう言って、美和子はグラスに残ったワインを飲み干した。
彼女は無言で立ち上がり、そのままカウンターを離れる。

真樹は、その背中をほんの数秒見つめた。

そして立ち上がった。

「美和子——待ってくれ」

外に出た彼女の肩を、店の前で追いついてそっと掴む。
美和子は足を止めたが、振り返らない。

「……悪かった。俺が間違っていた。怒ったのは、ただ……君が誰かに取られてしまいそうで怖かったんだ」

静かに、美和子が振り返った。
その目に怒りはまだ残っていたが、真樹の声音がいつになく弱々しいのを感じ取る。

「……素直に謝ってくれるなら、私も意地を張るつもりはないわ」

それだけ言って、美和子はため息をついた。

タクシーがちょうど通りかかる。真樹が手を上げて止めると、彼女は無言のまま乗り込んだ。

車内。沈黙。
都心のネオンが、窓の外を次々と流れていく。

真樹は、美和子の手をそっと握った。
彼女は最初、わずかに肩を震わせたが——拒まなかった。

その沈黙の中、真樹はゆっくりとほほ笑んだ。
安心させるように、弱く、静かに。

「……許してくれて、ありがとう」

その言葉の温度に、美和子の表情が少し緩む。
真樹は視線を伏せたまま、彼女の手を離さなかった。

——けれど、その微笑は演技だった。

心の奥では、まったく別の言葉が渦巻いている。

(……“あなたのものじゃない”、だと?)

(許してたまるか。俺の目の前で、他の男に笑いかけて。俺以外の誰にも、触れさせない)

(君には、ちゃんとわからせてやる。誰に属しているのか)

車内の静寂に包まれながら、真樹の中ではすでに、
“儀式”という名の罰の計画が静かに始まっていた。

——美和子を、二度と他の誰のものにもさせないために。

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