25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

美和子、守られる

日曜の朝遅く、美和子と真樹は都心の美術館を訪れていた。展示は「近代フランス絵画展」。印象派の光の粒が並ぶ空間で、二人は時折感想を交わしながらゆったりと歩いていた。

「これ、なんだか——懐かしいような気がします。母が好きだったのかも」

「君に似てる。やわらかくて、でも芯がある絵だ」

そんなやりとりに、美和子は静かに微笑んだ。
この人といる時間が、自然に心を溶かしていく。

展示を見終えたあとは、予約していたホテル内のランチへ。

「言ってくれればよかったのに。こんなところ……予約、すごく取りづらいのでは?」

「君が行きたいって言ったからな。俺も一緒に楽しみたい」

高層ホテルのロビーは、シャンデリアの輝きと控えめなクラシックが調和していて、非日常の香りに包まれていた。

そのときだった。

「すみません、通ります!」

慌ただしく動くホテルスタッフのひとりが、結婚式の搬入のため大きな什器を運んでいた。すれ違いざま、その肩が美和子の腕にぶつかった。

——ぐらっ。

「落ちる……!」

階段の縁に足を取られた美和子はバランスを失い、背中が宙に浮いた瞬間、目をつぶった。

「美和子ッ!」

叫び声と同時に、真樹の腕が彼女の身体を抱きかかえた。次の瞬間、ふたりはそのまま階段を転がり落ちた。

ドン——、という鈍い音とともに、真樹が彼女を庇うようにして床へ倒れこむ。

「真樹さん……?」

数秒の沈黙。

「……大丈夫……? 真樹さん……!」

美和子が彼の名を呼びかけると、真樹はうっすらと目を開けた。

「……君が無事で……よかった……」

そう呟いて、再びその目を閉じた。

「誰か!救急車を——!」

叫ぶ美和子の声に、ホテルスタッフが駆け寄ってくる。周囲はざわつき、花嫁のウェディングドレスさえもその場で動きを止めていた。

真樹はそのまま意識を失い、救急車で搬送された。

美和子は乗り込んだ救急車の中で、彼の手を必死に握りしめながら、涙をこらえることができなかった。

彼は、ほんとうに自分を守ろうとしてくれた。
身体ごと、命ごと——。

「真樹さん、お願い……目を開けて」

その震える声が、誰よりも深く、美和子の心の奥を揺らしていた。

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