満月に引き寄せられた恋〜雪花姫とツンデレ副社長〜
第1章 三度目は必然?
パシャ!
……、あっちゃ〜、ついてない。なんでこうもついてないのよ。

足元の黒っぽく舗装された道に、褐色の液体が広がっていく。濃紺のリクルートスーツにも、しっかりコーヒーがかかってしまった。

私、空月彩巴(そらつきいろは)25歳は、ほんっとうに今日はついてない。

ハンカチでスーツを拭きながら視界に入ったのは、アスファルトに落ちたスケッチブックと、履歴書を入れたファイル。ぶつかった拍子に落としてしまったらしい。

道にしゃがみ込んでそれを拾ってくれた男性と、ふと目が合った。

……、あれ? この人、どこかで……。


「申し訳ない。火傷はしませんでしたか?」


この耳に心地よい低音ボイス──熊男⁉︎

コロラドでハイキング中に熊に遭遇したとき、私を助けてくれたあの人。そして、ストロベリームーンの夜、同じ月を見上げていた……。

……、これで三度目。

唖然として声の出ない私に、彼は口角を上げて言い放つ。


「なんだ、熊女かよ。どうやら食われずに帰国できたようだな」


ムカつく! ヒゲも剃って、身だしなみもちゃんとしてるから一瞬わからなかったけど、この口の悪さ……、やっぱり熊男だ!


「ちょっと、それ返してよ!」


スケッチブックを取り返そうと手を伸ばしても、ひょいっと交わされる。

中身をじっと見つめている彼の横顔を見て、先ほどの面接の苦い思い出が頭をよぎる。

まさか……、熊男にも私の絵を馬鹿にされる?


「お前の絵は優しくて、癒される感じだな」


その言葉とふと見せた笑みに、一瞬胸が高鳴った。


「なあ、お前、暇なんだろ? 俺と仕事しろよ」

「はぁ? なんで暇って決めつけてんのよ!」

「前から来る人間に気づかないリクルートスーツ女は、不採用に決まってんだろーが」


……、痛いとこ突かれた。言い返せない。


「俺が、雇ってやってもいいって言ってんだよ」

「な、なんでよ」

「お前の絵が気に入ったからに決まってんだろ」

――えっ?

熊男のその一言に、また胸がときめいた。

……、これで二回目だ。こいつの言葉に、キュンとするのは。

絵を褒めてもらって、嬉しいはずなのに……、なんでだろう。















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