この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜
副社長
(どういうこと? 黒岩副社長は最初からここに来るはずだったの? それにあの女性は……)

礼央を待ちながら、凛香はエレベーターホールの一角で考えを巡らせていた。

副社長が女性関係にだらしないのは、以前から気づいていた。
パーティーで女性に声をかけ、馴れ馴れしく肩を抱いて会場を出て行くこともある。
それに確証はないが、経費で落としている接待費や食事代も、もしかして女性とのプライベートな時間に使っているのでは、という疑念があった。

しかも今夜、偶然ここに居合わせたにしては不自然だ。

考えられるのは……

(もしかして、社長が帰ったあとの客室!?)

懇親会やパーティーでは、社長のために客室を押さえることが多い。
シャワーを浴びて着替えたり、急な仕事に対応したり、パーティーが長引けばそのまま宿泊できるようにと考えてのことだった。

(黒岩副社長が秘書を通して、今夜の懇親会の場所と時間を確認したのは、このためだったの?)

懇親会は二十一時には終わる。
おそらく社長が宿泊することはない。

そう読んだ副社長は、凛香がチェックアウトするのをこっそり待っていたのだ。
そして凛香が立ち去ったあと、フロントで名刺を見せて名乗り、やっぱり宿泊することにした、と話してルームキーを返してもらったのだろう。

(ワンアクトテクノロジーズはこのホテルのお得意様だから、スタッフも疑わなかったのね。それにオンライン予約の時に、宿泊代は既にクレジットカードで引き落とされているから、宿泊する権利はある。だとしても、こんな手口を使ってまで女性と?)

嫌悪感に襲われた時、ポンと目の前のエレベーターが開いて礼央が降りてきた。

「朝比奈さん」
「しっ、こっちへ」

礼央は凛香を促して観葉植物の影に身を潜めると、少しだけ顔を覗かせた。

「今こちらに、眼鏡をかけた六十歳くらいの男性が近づいてきます。赤いワンピースの四十歳くらいの女性を連れている。君の副社長?」
「はい、そうです」
「君は顔を見られるわけにはいかない。このまま隠れてて」
「わかりました」

凛香は顔を伏せたまま、礼央の影に身を寄せる。
ははは!と聞き覚えのある笑い声が近づいてきた。

「部屋でシャンパンでも飲みながら、ゆっくり食事しよう。ステーキがいいか?」
「嬉しい! 最高級のね」
「もちろん」
「ありがとう! さすがはワンアクトの社長さんね。大好き!」

思わずそっと視線を上げると、しなだれかかる女性の腰に手を回した副社長が、エレベーターのボタンを押すのが見えた。

(なにが社長よ。嘘ついてまでこんなこと……)

悔しさに腹立たしくなった時、礼央が小さく耳元でささやいた。

「証拠を押さえたい。協力してくれるか?」
「え? はい」

よくわからないまま頷くと、礼央は片手で凛香をグッと抱き寄せた。
副社長たちに背を向けつつ、少し横に移動する。
かと思いきや、礼央は凛香に覆いかぶさるように身を屈めて、凛香の髪にチュッと口づけた。

(な、なにを……)

触れられている感触はないが、耳元で何度もリップ音がして、凛香は身を固くしたまま立ち尽くす。

「やーだ、見せつけられちゃった。ね、私たちも」
「ん? 仕方ないな。部屋まで待てないのか?」

ニヤニヤと笑いを含んだ副社長の声がしたあと、チュッとキスが繰り返される音がかすかに聞こえてきた。

うっ……と凛香が顔をしかめていると、ポンと音がして到着したエレベーターに二人は乗り込む。
扉が閉まると、ようやく礼央が腕をほどいた。

「すまなかった。おかげで動画を撮れた」

そう言いながら、右手に持ったスマートフォンを凛香に見せる。

「え、いつの間に?」

再生された動画には、こちらを見ながら「やーだ、見せつけられちゃった」と言ったあと、副社長と何度もキスを繰り返す女性の姿が映っていた。

「一瞬だが正面からも顔を押さえられた。すぐにデータベースと照合する。おっと、大丈夫か?」

ふらっとよろめいた凛香の身体を、礼央はすかさず抱き留める。

「すみません……」

今しがた見たばかりの副社長と女性の姿に、胃の辺りがムカムカとして、凛香は思わず口元を手で覆う。

「少し休んだ方がいい。矢島のいる部屋に戻ろう」
「はい」

礼央は凛香の肩を抱いたままエレベーターに乗り、客室へと向かった。
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