この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜
協力
凛香の後ろを歩きながら、礼央はさり気なくあちこちに目を走らせる。
ピカピカのオフィスビルは、始業時間を過ぎたばかりで人の姿もまばらだ。
それでも足早にロビーを横切る颯爽とした社員の姿に、この企業がいかに大きく、活気づいているかがうかがえた。

(日本のトップ企業の一つと言われるこの会社が、まさか国際犯罪組織と繋がっているとは……)

信じられないし、信じたくもない。
だがそんな呑気なことは言っていられなかった。

黒岩副社長の愛人は、間違いなく『国際犯罪組織サンクチュアリ』の構成員。
国籍は中国で、コードネームは『フーメイ』。
アジアを拠点としている中核メンバーで、複数のIT企業の役員と関係を持ち、金を引き出してサンクチュアリに流していた容疑で国際指名手配されている。

凛香が作ってくれた金曜日の懇親会のゲストリストをもとに調査させたところ、他の企業の数名もフーメイの接触を受けていた。
だがファーストコンタクトだけで諦め、フーメイはターゲットを黒岩に絞ったようだった。

礼央はここ二日間、矢島と話し合ったことを思い返す。

考えられるのは、黒岩副社長を通してこのワンアクトテクノロジーズの資金もサンクチュアリに流れていること。
果たして黒岩がどこまで関与しているかは定かではないが、フーメイの手にかかれば、黒岩が自覚していようがいまいが、難なく金を動かせるはずだ。
なにせフーメイが得意とするのは、犯罪組織への資金洗浄、いわゆるマネーロンダリングだから。

(おそらくフーメイは黒岩を操り、ワンアクトの複数の関連企業から資金を横領。その金を諸外国の暗号通貨取引所に分散して送金し、匿名性の高い暗号通貨に変換してから、いくつかのウォレットに分散。それをサンクチュアリの資金プールに流し込んだのだろう)

以前に矢島が解析したデータからそう推察できた。
問題はどうやってそれを突き止め、証拠を掴むかだ。

黒岩が警察に不正アクセスの件を相談してきたのも、間違いなくフーメイの入れ知恵だろう。
きっと黒岩がなにかヘマをしでかしても、不正アクセスのせいだとごまかせるように。
そして、敢えてワンアクトは被害者だと印象づけるために。
フーメイはわざと巧妙な細工を施しながら、ワンアクトの傘下の企業に不正アクセスし、真の犯罪から気をそらせようとした。

ならばこちらも、それを知らないフリで捜査を続けなければ。

「いいか、矢島。深月さんや鮎川社長には、サンクチュアリとフーメイの話は決してもらすな。ワンアクトは、いわばフーメイのテリトリーだ。万が一にもフーメイに俺たちの動きを感づかれてはならない。だが、黒岩が関連会社の不正アクセスを警察に相談してきた以上、それに応じるフリはしなければ。あくまでその捜査の件で動いている、と思わせておくんだ」
「了解です。目立たぬように、けれど黒岩には、ちゃんと警察は動いているとわからせるってことですね」
「ああ、そうだ。お前の場合、警察だとバレないように動け、と命じればちょうどいいな。どうせボロを出すだろうから」
「わかりました。って、え? 俺、今ディスられてます?」
「お前の絶妙なボロは、俺には到底真似できんと言っただけだ」
「なるほど。ありがとうございます」
「…………」

そして予想通り、矢島は先ほど「朝比奈検事」と自分に向かって呼びかけた。
こんな調子の矢島にはいささか不安がつきまとうが、かと言ってここで担当刑事を代えるのも不自然だ。
黒岩の愛人が国際指名手配犯のフーメイだと判明し、この件は正式に捜査本部が設置された。
警視庁捜査二課も、全面的に協力してくれる。
なんとしても事件を解決しなければ。
礼央はグッと奥歯を噛み締めて気合いを入れた。
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