この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜
職場
「おはようございます、社長」
「おはよう、深月さん」

翌朝。
いつものように本社のエントランスで車を降りる社長に、凜香は深々と頭を下げて挨拶した。

「今日から七月か。ますます暑くなりそうだな」
「はい。体調崩されませんよう、どうぞご自愛くださいませ」
「ありがとう」

そんなことを話しながら、最上階の社長室へと向かう。
二人きりのエレベーターの中で、凜香はそっと視線を移して社長の様子をうかがった。

何気なく階数表示に目をやっている社長は、四十三歳で未だ独身。
平社員から社長にまで上り詰めたやり手で、容姿端麗、性格も穏やか。
部下からの信頼も厚く、十五歳ほど歳の離れた現副社長をあっさり追い抜き、ニ年前に社長の座についた。

(あの時の社内の盛り上がりはすごかったな)

凜香は懐かしく思い出す。
ーー次期社長は、鮎川(あゆかわ)本部長にーー
そう発表された時、まさかという声とやっぱりという声が飛び交い、やがて祝福ムード一色となった。
こんなことが本当に起こるなんて、我々平社員にとっては夢物語を見ているようだと、誰もが高揚していた。
そして本部長の秘書をしていた凜香が、そのまま社長秘書となったのだった。

(あれからニ年か。とにかくがむしゃらにやってきたな)

なにせ異例の若さで役員や副社長すら抜き去って社長になったのだ。
はっきり言って敵は多い。
ここからが勝負だ。
なんとしても、社長を守らなければ。
その一心で、当時まだ二十五歳だった凜香も、必死に仕事をこなしてきた。

ようやく人心地つけたのは、先週行われた株主総会で、誰もが社長を讃える雰囲気を感じた時だった。
皆の拍手を受けて笑みを浮かべる社長に、よかった、と心から安堵した。

(それなのに、昨日あんなことに)

思い出して表情を曇らせると、ふいに社長が声をかけてきた。

「深月さん? どうかした?」
「いえ、なんでもありません」

姿勢を正して気を引き締める。

(社長になんて報告しよう。不正アクセスのこと、きっとご存知ないわよね? せっかく株主総会が終わってホッとしたところなのに)

それでも報告しなければいけない。
ポンと軽い音を立ててエレベーターが開くと、凜香は扉に手を添えて社長を促す。
ふかふかの絨毯が敷き詰められたフロアを横切り、社長室に入ると、凜香は意を決してデスクに着いたばかりの社長と向き合った。
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