ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE
第四話 「リフレッシュルーム」
月曜日の午後。
穂花はPCのモニターを睨みながら、法人ポータルの抽出条件追加のテストを進めていた。
指定された組み合わせ条件は細かく、既存の仕様との整合性をチェックする必要もある。
それでも、作業は順調に進んでいた。レグレッションテストにも目処が立ち、この調子なら今日中に完了できそうだ。
区切りのいいところで、席を立つ。
キャビネットの上に置かれた籠から、袋入りのパルミエクッキーをひとつ選び、マグカップを手にリフレッシュルームへ向かった。
◇◇
コーヒーマシンにカップを置き、香り高い液体が満たされていくのをぼんやり眺める。
温かいマグを手にして、窓際のカウンター席に腰を下ろすと、ようやく息が抜けた。
袋から取り出したパルミエクッキーを小皿に置き、ひと口、サクッと音が鳴る。
バターと砂糖の優しい甘さが、疲れた頭にじんわり染み込んでいく。
そのとき、入口のほうで扉が開く音がした。
振り返ると、隆二がマグカップを手に入ってくる。
「やっぱりここにいた」
「こんにちは」
穂花は少しだけ姿勢を正した。
隆二はコーヒーを注ぎ、空いていた穂花の隣に自然と腰を下ろす。
「昨日は、楽しかったね」
「……はい。ありがとうございました」
穂花は、昨日のランチと、そのあとの並木道を思い出しながら、カップをそっと口に運ぶ。
「例の抽出条件の追加、うまくいってる?」
「おかげさまで、今日中にはテストが終わりそうです」
「え〜、穂花さん、ほんとに仕事早いね」
「ありがとう。情報系はスピードが価値だと思ってるので」
「思ってるだけじゃなくて、それをちゃんと実行できるのがすごいと思うよ」
そう言われた瞬間、穂花は手元のクッキーを見つめたまま、ふわりと頬が熱くなるのを感じた。
「そんな……おだてても、もうクッキーくらいしか出ませんよ?」
軽口を返しながらも、心の奥がじんわりと温かくなる。
「おだててるんじゃなくて、本音。たぶん、俺が銀行本社の社員なら、次も穂花さんにお願いすると思う」
「それ……仕事が増えるだけじゃないですか」
「うん。でも、頼れる人に頼みたくなるのは自然なことだから」
――もう、そうやって軽く言うんだから。
でも、嫌じゃない。
むしろ、また頑張ろうって思える。
ふと、隆二の視線が手元の皿に向いた。
「そのクッキー、いつも食べてるやつ?」
「はい。お疲れのときに、甘いのって効くんです」
「だよね。甘いもの、似合う」
「似合う……ですか?」
「うん。穂花さん、スイーツを幸せそうに食べるから、見てて和む。俺、けっこう好きだよ。そういうの」
「……」
言葉が、カップの縁で止まった。
――好き、って……。
聞き返す勇気もないけれど、聞かなかったことにはできない。
視線を落としたまま、どうにか返す。
「そ、そんなこと言われたら……もっと食べちゃいますよ」
「いいと思う。俺としては、もっと見てたいくらいだし」
「もう……冗談ばっかり」
照れくささを隠すように、穂花は笑いながらクッキーをもうひと口かじった。
外は変わらず、まぶしい午後の日差し。
でも、心の中には、じんわりと違う光が灯っていた。
穂花はPCのモニターを睨みながら、法人ポータルの抽出条件追加のテストを進めていた。
指定された組み合わせ条件は細かく、既存の仕様との整合性をチェックする必要もある。
それでも、作業は順調に進んでいた。レグレッションテストにも目処が立ち、この調子なら今日中に完了できそうだ。
区切りのいいところで、席を立つ。
キャビネットの上に置かれた籠から、袋入りのパルミエクッキーをひとつ選び、マグカップを手にリフレッシュルームへ向かった。
◇◇
コーヒーマシンにカップを置き、香り高い液体が満たされていくのをぼんやり眺める。
温かいマグを手にして、窓際のカウンター席に腰を下ろすと、ようやく息が抜けた。
袋から取り出したパルミエクッキーを小皿に置き、ひと口、サクッと音が鳴る。
バターと砂糖の優しい甘さが、疲れた頭にじんわり染み込んでいく。
そのとき、入口のほうで扉が開く音がした。
振り返ると、隆二がマグカップを手に入ってくる。
「やっぱりここにいた」
「こんにちは」
穂花は少しだけ姿勢を正した。
隆二はコーヒーを注ぎ、空いていた穂花の隣に自然と腰を下ろす。
「昨日は、楽しかったね」
「……はい。ありがとうございました」
穂花は、昨日のランチと、そのあとの並木道を思い出しながら、カップをそっと口に運ぶ。
「例の抽出条件の追加、うまくいってる?」
「おかげさまで、今日中にはテストが終わりそうです」
「え〜、穂花さん、ほんとに仕事早いね」
「ありがとう。情報系はスピードが価値だと思ってるので」
「思ってるだけじゃなくて、それをちゃんと実行できるのがすごいと思うよ」
そう言われた瞬間、穂花は手元のクッキーを見つめたまま、ふわりと頬が熱くなるのを感じた。
「そんな……おだてても、もうクッキーくらいしか出ませんよ?」
軽口を返しながらも、心の奥がじんわりと温かくなる。
「おだててるんじゃなくて、本音。たぶん、俺が銀行本社の社員なら、次も穂花さんにお願いすると思う」
「それ……仕事が増えるだけじゃないですか」
「うん。でも、頼れる人に頼みたくなるのは自然なことだから」
――もう、そうやって軽く言うんだから。
でも、嫌じゃない。
むしろ、また頑張ろうって思える。
ふと、隆二の視線が手元の皿に向いた。
「そのクッキー、いつも食べてるやつ?」
「はい。お疲れのときに、甘いのって効くんです」
「だよね。甘いもの、似合う」
「似合う……ですか?」
「うん。穂花さん、スイーツを幸せそうに食べるから、見てて和む。俺、けっこう好きだよ。そういうの」
「……」
言葉が、カップの縁で止まった。
――好き、って……。
聞き返す勇気もないけれど、聞かなかったことにはできない。
視線を落としたまま、どうにか返す。
「そ、そんなこと言われたら……もっと食べちゃいますよ」
「いいと思う。俺としては、もっと見てたいくらいだし」
「もう……冗談ばっかり」
照れくささを隠すように、穂花は笑いながらクッキーをもうひと口かじった。
外は変わらず、まぶしい午後の日差し。
でも、心の中には、じんわりと違う光が灯っていた。