ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE
第三章:あなたの隣が、いちばん
第一話 「過去との遭遇」
月曜日。もうすぐ定時を迎えようとしていた頃、穂花のメールに返信が届いた。
――キャンペーン商品名の表示案について。
開いてみると、穂花が朝に提出した提案書で推奨した対策案がそのまま採用されていた。
最大15文字まで表示し、それ以降は自動でカット。修正工数が最小で、見た目の影響も少ない、バランスの取れた選択だった。
――よかった。今日は、ちゃんと帰ろう。
穂花はPCをシャットダウンし、ノートや資料と一緒に引き出しにしまって鍵をかける。
そこへ、ちょうど隆二が歩いてきた。
「穂花さん、今から帰り? 駅まで一緒にどう?」
「ええ、ちょうど片づけたところです」
「俺もPCしまってくるから、ロビーで待ってて」
「はい」
二人は、エレベーターに乗ってオフィスフロアを後にした。
無言のまま並んで立つ空間は、どこか心地よい緊張感に包まれていた。
エントランスに出ると、ガラス張りの外にひとりの女性が立っていた。
スキニーデニムにカーキのへそ出しタンクトップ。黒のシースルーシャツを羽織り、赤く染めた髪が揺れている。
その存在感は、遠くからでもはっきりと分かった。
「……ちょっと待ってて」
そう言って、隆二はその女性の元へ駆け寄る。
穂花は、距離を取りながらも自然と目で追ってしまっていた。
女性は、手を胸の前で合わせて何かを頼み込んでいる様子だった。
笑顔ではない。真剣な、どこか切羽詰まった顔。
そして――その手が、隆二の手をぎゅっと握り、深く頭を下げた。
少しして女性が立ち去ると、隆二が戻ってくる。
「ごめん。待たせた」
「ううん、大丈夫」
「昔のバンド仲間なんだ。ギターが怪我で出られなくなったとかで、代役頼まれた」
「……やるの?」
「最初は断ったんだけどね。相当困ってるみたいでさ。一回だけならって。今、大きな案件も抱えてないし、やるからにはしっかり練習しないと」
――頼まれたら断れないんだ、この人は。
「いつ?」
「今週の土曜、新宿のクレージースティックってライブハウス。良かったら招待するよ。リストに名前入れておくから」
「……ありがとう」
言葉は返したけれど、心はどこか浮ついていた。
――彼女、綺麗だったな。しかもあの雰囲気、隆二さんとよく似合ってた。
見た目だけじゃない。手を握る距離感、あの深く頭を下げる仕草。
私なんかより、ずっと――自然で、近い。
◇◇
二人並んで歩く帰り道。
会話は続いているはずなのに、穂花の胸の中にはぽつりと、得体の知れない小さな影が落ちていた。
そのとき、隆二がふと足を緩め、穂花のほうをちらりと見た。
「さっきの子、玲奈って言うんだ。昔、一緒にバンドやってた。彼女とかじゃないよ。……誤解しないで」
「……え?」
思わず立ち止まりかけた穂花に、隆二はやわらかく笑った。
「急に現れて、しかも手とか握ってたから、心配させたかもしれないなって思って」
「……ううん。心配なんて……」と否定しかけて、言葉が続かなかった。
――やっぱり、気づいてたんだ。
穂花の不安を気遣ってくれた言葉。
それでも――まだ少し、引っかかるものが残っていた。
――キャンペーン商品名の表示案について。
開いてみると、穂花が朝に提出した提案書で推奨した対策案がそのまま採用されていた。
最大15文字まで表示し、それ以降は自動でカット。修正工数が最小で、見た目の影響も少ない、バランスの取れた選択だった。
――よかった。今日は、ちゃんと帰ろう。
穂花はPCをシャットダウンし、ノートや資料と一緒に引き出しにしまって鍵をかける。
そこへ、ちょうど隆二が歩いてきた。
「穂花さん、今から帰り? 駅まで一緒にどう?」
「ええ、ちょうど片づけたところです」
「俺もPCしまってくるから、ロビーで待ってて」
「はい」
二人は、エレベーターに乗ってオフィスフロアを後にした。
無言のまま並んで立つ空間は、どこか心地よい緊張感に包まれていた。
エントランスに出ると、ガラス張りの外にひとりの女性が立っていた。
スキニーデニムにカーキのへそ出しタンクトップ。黒のシースルーシャツを羽織り、赤く染めた髪が揺れている。
その存在感は、遠くからでもはっきりと分かった。
「……ちょっと待ってて」
そう言って、隆二はその女性の元へ駆け寄る。
穂花は、距離を取りながらも自然と目で追ってしまっていた。
女性は、手を胸の前で合わせて何かを頼み込んでいる様子だった。
笑顔ではない。真剣な、どこか切羽詰まった顔。
そして――その手が、隆二の手をぎゅっと握り、深く頭を下げた。
少しして女性が立ち去ると、隆二が戻ってくる。
「ごめん。待たせた」
「ううん、大丈夫」
「昔のバンド仲間なんだ。ギターが怪我で出られなくなったとかで、代役頼まれた」
「……やるの?」
「最初は断ったんだけどね。相当困ってるみたいでさ。一回だけならって。今、大きな案件も抱えてないし、やるからにはしっかり練習しないと」
――頼まれたら断れないんだ、この人は。
「いつ?」
「今週の土曜、新宿のクレージースティックってライブハウス。良かったら招待するよ。リストに名前入れておくから」
「……ありがとう」
言葉は返したけれど、心はどこか浮ついていた。
――彼女、綺麗だったな。しかもあの雰囲気、隆二さんとよく似合ってた。
見た目だけじゃない。手を握る距離感、あの深く頭を下げる仕草。
私なんかより、ずっと――自然で、近い。
◇◇
二人並んで歩く帰り道。
会話は続いているはずなのに、穂花の胸の中にはぽつりと、得体の知れない小さな影が落ちていた。
そのとき、隆二がふと足を緩め、穂花のほうをちらりと見た。
「さっきの子、玲奈って言うんだ。昔、一緒にバンドやってた。彼女とかじゃないよ。……誤解しないで」
「……え?」
思わず立ち止まりかけた穂花に、隆二はやわらかく笑った。
「急に現れて、しかも手とか握ってたから、心配させたかもしれないなって思って」
「……ううん。心配なんて……」と否定しかけて、言葉が続かなかった。
――やっぱり、気づいてたんだ。
穂花の不安を気遣ってくれた言葉。
それでも――まだ少し、引っかかるものが残っていた。