ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE
第二話 「背中を押されて」
火曜日の午前。
穂花は、モニターに映る設計書の最終ページを見つめていた。
――よし、完成。
昨日ユーザー部門からフィードバックを受けた内容を反映し、金融商品名の表示仕様を整理した設計書。
金融商品名の文字数制限のインプリ方法、影響範囲の極小化対策、エラーハンドリングの変更点――すべて書き終えた。
資料をバージョン管理システムに登録し、ワークフローのボタンを押してレビュー・承認に回す。
時計を見ると、そろそろ昼休みが近い。
「穂花、おひる行こ」
夏希が自席からひょこっと顔を出した。
「うん、行こっか」
夏希と連れ立って向かったのは、いつものカフェテリア。
今日は少し空いていて、窓際の席がすぐに取れた。
穂花は、野菜たっぷりのスーププレートを、夏希は明太クリームパスタを選ぶ。
トレイを置いて席に着き、しばらく黙って食べたあと、穂花がぽつりと切り出した。
「……ねえ、昨日ね。帰り、隆二さんと一緒に会社出たの」
「へぇ。デート?」
「ちがうちがう」
慌てて否定すると、夏希はにやっと笑った。
「で?」
「そのとき、会社の前で……女の人と会って」
「女の人?」
「昔のバンド仲間、って言ってた。バンドのギターが怪我でライブに出られなくなったとかで、代役頼まれたって」
夏希がパスタをくるくる巻く手を止め、ちらっと穂花を見る。
「で、その人がすっごく綺麗で……しかも隆二さんと並んでても全然違和感なくてさ。なんか、自信なくしちゃった」
「……なるほど、そゆことかあ」
「ライブ、今週の土曜で。招待してくれるって言われたんだけど……行っていいのかなって」
言葉に出してみると、思ったより自分が弱気になっていることに気づいた。
夏希は、パスタをひと口食べ終え、飲み物のストローをくるくるしながら言った。
「行かない理由、なくない?」
「……え?」
「だってさ、彼女、元カノとかじゃなくてバンド仲間でしょ? それに、招待するってことは、穂花に“見に来てほしい”ってことだよ」
穂花は黙ったまま、スプーンを指先で動かしていた。
「自信なくす必要ないよ。むしろ、今の穂花がどう思うかが大事なんじゃない?」
「でも、あの人のほうが……ずっと大人っぽくて、似合ってた気がして……」
「似合うかどうかで選ぶなら、世の中のカップルほとんど成立しないわ」
「……それ、極端じゃない?」
「極端じゃないよ。本当に好きになったら、“似合うかどうか”なんて基準、気にしなくなるの」
夏希は穂花の方に身を乗り出し、にやっと笑った。
「行って見てきなよ。演奏する隆二さん。そういう姿って、やっぱり惚れ直すよ? 経験者は語る、ね」
「……うん」
「で、惚れ直したら、ちゃんと伝える。逃げちゃだめ。スイーツも恋も、“遠慮したら損”だよ」
「……なんかそれ、夏希らしい」
「でしょ?」
そう言って夏希は、最後の一口のパスタを勢いよく食べきった。
穂花の中にあった小さな迷いが、少しずつ溶けていくのが分かった。
胸の奥に残っていた靄が、夏希の言葉で晴れていく。
――行こう。ちゃんと、自分の目で見て、ちゃんと感じたい。
そう思えたとき、ようやくスプーンが軽くなった。
穂花は、モニターに映る設計書の最終ページを見つめていた。
――よし、完成。
昨日ユーザー部門からフィードバックを受けた内容を反映し、金融商品名の表示仕様を整理した設計書。
金融商品名の文字数制限のインプリ方法、影響範囲の極小化対策、エラーハンドリングの変更点――すべて書き終えた。
資料をバージョン管理システムに登録し、ワークフローのボタンを押してレビュー・承認に回す。
時計を見ると、そろそろ昼休みが近い。
「穂花、おひる行こ」
夏希が自席からひょこっと顔を出した。
「うん、行こっか」
夏希と連れ立って向かったのは、いつものカフェテリア。
今日は少し空いていて、窓際の席がすぐに取れた。
穂花は、野菜たっぷりのスーププレートを、夏希は明太クリームパスタを選ぶ。
トレイを置いて席に着き、しばらく黙って食べたあと、穂花がぽつりと切り出した。
「……ねえ、昨日ね。帰り、隆二さんと一緒に会社出たの」
「へぇ。デート?」
「ちがうちがう」
慌てて否定すると、夏希はにやっと笑った。
「で?」
「そのとき、会社の前で……女の人と会って」
「女の人?」
「昔のバンド仲間、って言ってた。バンドのギターが怪我でライブに出られなくなったとかで、代役頼まれたって」
夏希がパスタをくるくる巻く手を止め、ちらっと穂花を見る。
「で、その人がすっごく綺麗で……しかも隆二さんと並んでても全然違和感なくてさ。なんか、自信なくしちゃった」
「……なるほど、そゆことかあ」
「ライブ、今週の土曜で。招待してくれるって言われたんだけど……行っていいのかなって」
言葉に出してみると、思ったより自分が弱気になっていることに気づいた。
夏希は、パスタをひと口食べ終え、飲み物のストローをくるくるしながら言った。
「行かない理由、なくない?」
「……え?」
「だってさ、彼女、元カノとかじゃなくてバンド仲間でしょ? それに、招待するってことは、穂花に“見に来てほしい”ってことだよ」
穂花は黙ったまま、スプーンを指先で動かしていた。
「自信なくす必要ないよ。むしろ、今の穂花がどう思うかが大事なんじゃない?」
「でも、あの人のほうが……ずっと大人っぽくて、似合ってた気がして……」
「似合うかどうかで選ぶなら、世の中のカップルほとんど成立しないわ」
「……それ、極端じゃない?」
「極端じゃないよ。本当に好きになったら、“似合うかどうか”なんて基準、気にしなくなるの」
夏希は穂花の方に身を乗り出し、にやっと笑った。
「行って見てきなよ。演奏する隆二さん。そういう姿って、やっぱり惚れ直すよ? 経験者は語る、ね」
「……うん」
「で、惚れ直したら、ちゃんと伝える。逃げちゃだめ。スイーツも恋も、“遠慮したら損”だよ」
「……なんかそれ、夏希らしい」
「でしょ?」
そう言って夏希は、最後の一口のパスタを勢いよく食べきった。
穂花の中にあった小さな迷いが、少しずつ溶けていくのが分かった。
胸の奥に残っていた靄が、夏希の言葉で晴れていく。
――行こう。ちゃんと、自分の目で見て、ちゃんと感じたい。
そう思えたとき、ようやくスプーンが軽くなった。