ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE
第四話 「楽屋裏」
ラストナンバーそして熱狂的な拍手に続くアンコール曲も終わり、照明がふっと落ちる。
静寂のあとに、再度どっと湧き上がる拍手と歓声。
隆二が、少し照れたように手をあげ、深く頭を下げた。
その瞬間、穂花の胸の奥で何かがはっきりした。
――もっと、知りたい。
――もっと、この人のそばにいたい。
ステージの灯が落ちても、穂花の心には火が灯ったままだった。
拍手が鳴り止み、会場が再び明るくなる。
余韻が胸に残るまま、穂花はドリンクカップを両手で抱えてステージを見つめていた。
――すごかった……本当に、かっこよかった。
そのとき、スタッフらしき男性が近づいてきた。
「すみません、西山さんですか? 三田村さんが楽屋裏にどうぞって」
「え……あ、はい」
驚きつつも言われるがままに誘導され、通されたのは、会場の奥にある控室兼ラウンジのようなスペースだった。
◇◇
中には、さっきまでステージにいたメンバーたちが、ラフな格好でソファに腰かけ、缶ビール片手にテーブルの上の軽食に手を伸ばしている。
「こっちこっち」
隆二に手を引かれて、穂花はちょっと緊張しながら一歩足を踏み入れる。
「どうも、今日お招きいただいて……」
「おー、来た来た」
ドラムの望月が顔を上げて、にやりと笑う。
「この人が、噂の……スーパープログラマーじゃん?」
「えっ?」
「すっごい手が早いって聞いてるわ。千手観音かしら」
ボーカルのMIRAIが穂花に微笑みかけた。
「ちょ、隆二さん、言いすぎ……」
思わず赤くなって、穂花はうつむいた。
けれど、心の奥がふっと温かくなる。
◇◇
そのとき、ベースをケースに収めていた玲奈が隆二に声をかけた。
「隆二、マジで助かった。急な代役、ほんとありがとう」
「ああ、こちらこそ。久しぶりに楽しかったよ」
「また何かあったら頼む」
「いや、次は誰か他を当たってくれ」
ふたりは自然な口調でやり取りする。
過去の音楽仲間らしい空気感。穂花は、それを少し遠巻きに見ていたが、居心地の悪い気分にはならなかった。
玲奈が、ちらっと穂花の方を見て、軽く会釈した。
「……彼女?」
「いや、うちの会社のプログラマー。最近ちょっと仲良くしてもらってる」
「ふーん。……ちゃんとした子、っぽいね」
玲奈の声に、とくに棘はなかった。
ただ、少しだけ探るような、音楽とは別の世界にいる人への興味が混じっていた。
◇◇
隆二がコップ片手に、穂花の近くへ戻ってきた。
「ごめん、いきなり連れてきて」
「ううん、楽しいよ。……それに、すごくかっこよかった」
穂花は、真っ直ぐに彼の目を見て言った。
「ありがと」
隆二が、ふっと優しい目をする。
「実はちょっと緊張してたんだ。久しぶりだったし。でも、穂花さんが見ててくれるって思ったら、自然に集中できた」
「……私で良かったの?」
「穂花さんがいたから、だよ」
さっきまでのライブの熱気とは違う、静かで、けれど確かな熱がそこにあった。
穂花の胸がまた、ポッと熱くなる。
◇◇
ライブハウスを出ると、夜風が肌に気持ちいい。
雑居ビルが立ち並ぶ一角を抜け、大通りに出るまで、二人は並んで歩いた。
さっきまでの音楽の熱がまだ胸に残っていて、穂花はどこかふわふわしていた。
「バンドのみんな、いい人たちね」
「うん。俺は、もうほとんど活動してないけど、今日は何とか形になった。玲奈なんか、連絡もほとんど取ってなかったのに」
「頼られてるんだね」
「……そうかもな。信頼っていうか、義理を果たしたって感じだけど」
隆二が笑う。その笑い方が、なんだか高校生みたいに無防備で、穂花の胸がきゅっとなる。
◇◇
階段を昇って甲州街道沿いの歩道に出ると、新宿駅の明かりが見えた。
6月というのに、思ったよりも風が涼しい。
「本当に、かっこよかった」
「……二回目」
「何が?」
「それ、さっきも言った」
「だって本当なんだもん」
隆二が笑う。
その笑顔に、穂花はまた少し惹き込まれる。
◇◇
駅の南口が見えてくる。人の流れが増え、改札口の案内板がきらめいていた。
「俺はこっち、大江戸線」
隆二が階段の方を指差した。
「私はJR……」
二人の足が自然と止まる。
別れの時間。だけど、ほんの少し、惜しいような空気が流れる。
「また……どこか行こうか」
隆二が言った。ごく自然な口調だったけれど、その言葉が穂花の心にまっすぐ届く。
「うん。……行きたい」
頷くと、隆二はちょっと照れたように笑った。
「じゃ、気をつけて帰ってね」
「隆二さんも」
それだけ言って、二人は別の改札へと歩き出した。
穂花の胸には、あたたかい気持ちと、ほんの少し、名残惜しさが残っていた。
静寂のあとに、再度どっと湧き上がる拍手と歓声。
隆二が、少し照れたように手をあげ、深く頭を下げた。
その瞬間、穂花の胸の奥で何かがはっきりした。
――もっと、知りたい。
――もっと、この人のそばにいたい。
ステージの灯が落ちても、穂花の心には火が灯ったままだった。
拍手が鳴り止み、会場が再び明るくなる。
余韻が胸に残るまま、穂花はドリンクカップを両手で抱えてステージを見つめていた。
――すごかった……本当に、かっこよかった。
そのとき、スタッフらしき男性が近づいてきた。
「すみません、西山さんですか? 三田村さんが楽屋裏にどうぞって」
「え……あ、はい」
驚きつつも言われるがままに誘導され、通されたのは、会場の奥にある控室兼ラウンジのようなスペースだった。
◇◇
中には、さっきまでステージにいたメンバーたちが、ラフな格好でソファに腰かけ、缶ビール片手にテーブルの上の軽食に手を伸ばしている。
「こっちこっち」
隆二に手を引かれて、穂花はちょっと緊張しながら一歩足を踏み入れる。
「どうも、今日お招きいただいて……」
「おー、来た来た」
ドラムの望月が顔を上げて、にやりと笑う。
「この人が、噂の……スーパープログラマーじゃん?」
「えっ?」
「すっごい手が早いって聞いてるわ。千手観音かしら」
ボーカルのMIRAIが穂花に微笑みかけた。
「ちょ、隆二さん、言いすぎ……」
思わず赤くなって、穂花はうつむいた。
けれど、心の奥がふっと温かくなる。
◇◇
そのとき、ベースをケースに収めていた玲奈が隆二に声をかけた。
「隆二、マジで助かった。急な代役、ほんとありがとう」
「ああ、こちらこそ。久しぶりに楽しかったよ」
「また何かあったら頼む」
「いや、次は誰か他を当たってくれ」
ふたりは自然な口調でやり取りする。
過去の音楽仲間らしい空気感。穂花は、それを少し遠巻きに見ていたが、居心地の悪い気分にはならなかった。
玲奈が、ちらっと穂花の方を見て、軽く会釈した。
「……彼女?」
「いや、うちの会社のプログラマー。最近ちょっと仲良くしてもらってる」
「ふーん。……ちゃんとした子、っぽいね」
玲奈の声に、とくに棘はなかった。
ただ、少しだけ探るような、音楽とは別の世界にいる人への興味が混じっていた。
◇◇
隆二がコップ片手に、穂花の近くへ戻ってきた。
「ごめん、いきなり連れてきて」
「ううん、楽しいよ。……それに、すごくかっこよかった」
穂花は、真っ直ぐに彼の目を見て言った。
「ありがと」
隆二が、ふっと優しい目をする。
「実はちょっと緊張してたんだ。久しぶりだったし。でも、穂花さんが見ててくれるって思ったら、自然に集中できた」
「……私で良かったの?」
「穂花さんがいたから、だよ」
さっきまでのライブの熱気とは違う、静かで、けれど確かな熱がそこにあった。
穂花の胸がまた、ポッと熱くなる。
◇◇
ライブハウスを出ると、夜風が肌に気持ちいい。
雑居ビルが立ち並ぶ一角を抜け、大通りに出るまで、二人は並んで歩いた。
さっきまでの音楽の熱がまだ胸に残っていて、穂花はどこかふわふわしていた。
「バンドのみんな、いい人たちね」
「うん。俺は、もうほとんど活動してないけど、今日は何とか形になった。玲奈なんか、連絡もほとんど取ってなかったのに」
「頼られてるんだね」
「……そうかもな。信頼っていうか、義理を果たしたって感じだけど」
隆二が笑う。その笑い方が、なんだか高校生みたいに無防備で、穂花の胸がきゅっとなる。
◇◇
階段を昇って甲州街道沿いの歩道に出ると、新宿駅の明かりが見えた。
6月というのに、思ったよりも風が涼しい。
「本当に、かっこよかった」
「……二回目」
「何が?」
「それ、さっきも言った」
「だって本当なんだもん」
隆二が笑う。
その笑顔に、穂花はまた少し惹き込まれる。
◇◇
駅の南口が見えてくる。人の流れが増え、改札口の案内板がきらめいていた。
「俺はこっち、大江戸線」
隆二が階段の方を指差した。
「私はJR……」
二人の足が自然と止まる。
別れの時間。だけど、ほんの少し、惜しいような空気が流れる。
「また……どこか行こうか」
隆二が言った。ごく自然な口調だったけれど、その言葉が穂花の心にまっすぐ届く。
「うん。……行きたい」
頷くと、隆二はちょっと照れたように笑った。
「じゃ、気をつけて帰ってね」
「隆二さんも」
それだけ言って、二人は別の改札へと歩き出した。
穂花の胸には、あたたかい気持ちと、ほんの少し、名残惜しさが残っていた。