ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE

第二話 「鎌倉デートのお誘い」

 火曜日の朝。
 穂花はいつものように未読メールを確認し、返信や確認作業をテンポよくこなしていた。
 昨日提出したバックログ対応については、まだ特に返信は来ていない。
 ――昨日の今日だし、仕方ないか。

 少し時間が空いたので、トレーニングポータルを開いてスキルアップ講座をチェックする。
 最近の傾向や、自分に足りない知識を補えそうなものがないか、ざっと一覧を眺めていた。

「ねえ穂花、なんか雰囲気変えてきたね」

 向かいの席から、夏希がひょいと顔をのぞかせた。

「……髪型、変えたんだ」
 穂花は照れくさそうに前髪を指先で整える。

「だよね! なんか今日、ぐっと垢抜けた感じするもん」

「昨日、美容院寄ってさ。担当の人に“イメチェンしてみない?”って言われて……流れで、任せちゃった」

「その流れ、正解。めちゃくちゃ似合ってる」
 夏希は親指を立てながら満足げに頷いた。

「髪色もいいじゃん、なんていうのこれ? ベージュ……?」

「サンドベージュ、って言ってたかな」

「うんうん、柔らかい感じでいい。ていうかさ――」
 夏希がニヤリと笑って、声のトーンをひそめる。

「恋する女はきれいになるって、あれ、ホントだったんだね~?」

 ――え…!? そんなはっきり言われると照れる…!

「な、何それ」

「いやいや、その反応、もう完全に図星じゃん」

「ちがっ……あ、あるかも……ちょっとだけ……」
 言いかけて、また視線をそらす。

「ふふふ。隆二さん、メロメロかもね。目がハートになってないか観察しとくわ」

「や、やめてよ! からかわないで!」

 でも――。
 再び画面に向き直った穂花の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。

   ◇◇

 午後。
 昼休みが終わり、社内も少し静けさを取り戻したころ、穂花はヘッドセットをつけてオンデマンドトレーニングの画面を開いた。
 テーマは「クラウドストレージ活用の実践テクニック」。

 プロジェクトで共同作業をする機会は多くないが、最近はリーダーからの依頼でチーム共有の資料を扱うことも増えてきていた。

 ――個人作業だけじゃなく、チームでの使い方もちゃんと知っておかないと。

 動画の中では、フォルダの権限設定やコメント機能、ファイルのバージョン履歴など、今まで見過ごしていた機能が紹介されていた。
 穂花は手元のメモに「コメントで承認フローまわせるかも」と書き込む。

 ――これ、うちのチームでも使えそう。ちゃんとまとめて共有してみようかな。
 —少しずつだけど、「頼れる人」になれてるかもしれない。

 そんな思いとともに、穂花は背筋を伸ばした。

 もうすぐ定時になる頃、LINEの通知が届いた。
 メッセージの下に表示された名前を見て、思わず胸が跳ねる。

 三田村隆二。

《週末、鎌倉ってどう? 明月院の紫陽花、今すごくいいらしい。秀樹から聞いてさ》

 ――胸の奥がドキリと跳ねた。

 鎌倉。紫陽花。……ふたりで?
 思考がふわっと浮き上がる。どうしよう、行きたい、でも軽く見えないかな、いやでもこれは……

 指がふるえるかと思った。…でも、自然に《行きたいです!》と送っていた。

 送信ボタンを押したあと、胸の奥がくすぐったくなった。

《じゃあ日曜、新宿集合で》

 画面に浮かんだその一文に、思わずにやけそうになるのをこらえて、PCをそっと閉じた。

 ――週末が、待ち遠しい。
< 18 / 24 >

この作品をシェア

pagetop