ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE

第四話 「恋と成長の積み重ね」

 紫陽花の余韻を胸に、二人は北鎌倉駅方面へと歩いていた。
 観光客でにぎわう道を少し外れた路地に、木格子の引き戸が印象的な小さな和カフェがある。
 店の前には控えめな筆文字で「和甘味 こはる庵」と書かれた立て看板。横には、今日のおすすめメニューがショーケースに並んでいた。

 穂花の目が、ショーケースの「鎌倉三奏」に吸い寄せられる。三段重ねの蒸し菓子が、丸い木盆に美しく並んでいる。

「それ、美味しそうだね。抹茶とも相性いいって」
 隆二が声をかけてきた。

「……今、ダイエット中なんだけど」
 視線は外せない。でも、迷いもある。

「じゃあ今日は、ダイエット忘れていいよ」
 隆二の声は、穏やかで、でも真剣だった。

 穂花が見上げると、隆二は、ふと笑って、やさしい声で言った。

「前にも言ったけど……スイーツを幸せそうに食べる穂花さん、俺は好きなんだ」
 穂花は、驚いて顔を上げた。

「見てると、俺まで嬉しくなる。……だから、そういう穂花さんと、もっと一緒にいたいって思う」
 その声は静かだけれど、まっすぐに胸に届く強さがあった。

「それって……」
 言葉にならないまま、ただ彼を見つめる。

「……穂花さんのことが好きだ。これからも隣にいてほしい」
 ゆっくりと、でもはっきりとしたその言葉に、穂花の胸の奥がじんわりと熱くなった。

「……はい。私も、好きです」
 小さく頷いたその笑顔に、ためらいはもうなかった。

 ――ちゃんと気持ちを伝えてくれた。私も、ちゃんと返せた。

 二人はそのまま、カフェの暖簾をくぐった。

 店内は落ち着いた照明と木の香りが漂い、窓際の席に案内される。

 「抹茶と、鎌倉三奏をお願いします」

 運ばれてきた木盆の上には、彩り豊かな和菓子と湯気の立つ抹茶。
 一段目の大納言かのこを箸でそっと切り分け、穂花がひと口。

「おいしい……」
 思わず笑顔がこぼれる。

「よかった」
 隆二が笑う。その笑顔に、穂花の胸がまたぽっと温かくなった。
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