ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE

第三話 「ショッピング」

 7月半ばの週末。

 朝、歯磨きを終えたあと、ふと思い立って、ヘルスメーターに乗った。
 数字を見た瞬間、小さく声が漏れる。

「……減ってる」

 ほんの500グラム。でも、確かに減っていた。
 鏡の前で、自分の姿を確認する。目に見える変化はない。でも――少しだけ、輪郭がすっきりしたような気がした。

 仕事中の甘いものは「脳の燃料だから」と言い訳して、続けている。
 それでも、休日はスイーツを控える“ちょっとだけ本気の”ダイエットが、習慣になりつつあった。

 洗顔後の肌に日焼け止めを伸ばしながら、ふと思う。
 ――今日は、出かけよう。何か、ひとつ新しいことをしてみたい。

   ◇◇

 西武駅にある百貨店のコスメフロア。
 見慣れた売り場のなかに、夏の新色がずらりと並んでいる。
 穂花は、前から気になっていたサンドローズ系のリップを指差した。

「こちら、お試しされますか?」

 店員の笑顔に導かれ、椅子に座ってタッチアップしてもらう。
 鏡に映る唇が、ふわっと色づいた。
 くすみのない、透明感のある赤。どこか、少しだけ大人っぽい。

「お肌の明るさにすごく映えますね。チークは控えめで十分です」

 思わず頬が緩む。

「……じゃあ、これ、ください」

 リップを受け取り、白い紙袋を手に持った瞬間、胸の中にふわっとしたあたたかさが生まれた。
 ――メイクが楽しいなんて、思わなかったな。前は、ただ“必要だから”していた感じだった。

   ◇◇

 その足で、上のフロアへと足を向ける。
 涼しげなマネキンに誘われて入ったアパレルショップで、店員に声をかけられた。

「このノースリーブ、ウエストも絞りすぎてないから着やすいですよ」

 差し出されたワンピースは、シンプルなベージュに繊細なレースのあしらい。
 ――いつもの自分なら、手に取らないかもしれない。

 でも今日は、試してみたくなった。

 試着室の鏡に映る自分は、どこか新鮮だった。
 肩のライン、すっきりした首元。いつもより少し、自信を持って笑える気がした。

「似合ってますよ。肌が明るいから、この色すごく映えますね」

「ありがとうございます。……これ、ください」

 鏡の中の自分に、そっと微笑みかける。
 ――変わってきた。ほんの少しだけど、それが嬉しい。

 その日の帰り道、穂花は紙袋を両手に持ちながら思った。
 ――彼にも、見せたいな。この私を。
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